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~悠平side~
「……陸玖。」
甲子園球場。
ホテルへの出発時刻になっても陸玖は立ち尽くしていた。
「先輩たちが呼んでる。」
茅野学園高校は、負けた。
2対1だった。
悪くない試合だったと思う。
陸玖のピッチングも良かったし、ここぞというときのヒットは出た。それで1点もとれた。
けれど、力及ばなかった。
負けるとやはり悔しくて、これで先輩たちは引退なんだと思ったら悲しくて、涙がこぼれた。
悠平は、最終打席に立っていた。
アルプススタンドから聞こえるトランペットの音。
それ以外の妙な静けさ。
少しして聞こえてくる応援の声。
最後に聞いたのは、ボールがミットに入った音だった。
悔しかった。
自分が打てれば、延長だってありえた。
陸玖の球の采配だって、もっといいものがあったかもしれない。
先輩たちと、甲子園で勝利することはできなかった。
3年生も泣いていた。
けれど、後悔はないと言っていた。
やり切った、出し切った。来年、お前らが勝ってくれ。
そう言ってくれた。
甲子園大会を見た後、学校に帰ってしばらくは休みがある。
それが明ければまた練習だ。
そこから、また積み重ねていくしかない。
今日の結果を超えられるよう、努力していくしかない。
結局、死ぬほどやるしかない。
死ぬほどやっても、勝てない時はある。
それでも努力するのだ。
夢を掴みたいから。
「陸玖。」
「……俺は、来年戻ってくる。」
陸玖はまだ、こちらを振り返らない。
「絶対に、ここに戻ってくる。」
グラウンドでも陸玖は立ち尽くしていた。
涙もこぼさず、ただ、立ち尽くしていた。
電光掲示板を見つめながら。
「ここで、勝つんだ。俺はまた、投げる。ここで。」
振り返った陸玖が、今日初めて、涙を浮かべていた。
その顔を見たら、悠平もまたこみあげてきた。
悔しい。
勝ちたい。
「……ったりめぇだろ。」
陸玖を強く抱きしめる。
決意を胸に。
来年こそ勝利を。
強く、そう思った。
「……なぁー、誰か呼んでこいよぉ。」
「あいつら悔しがってんだろうけど傍から見るとイチャついてんだよこらぁ。」
バスの中で待つ先輩たちは、泣き笑いしながらそんなこと言っていた。
*
~空夜side~
「……負けちゃったな。」
「うん……」
吹奏楽部は、応援がなくなったため今日すぐに東京に帰る。
バスの迎えを待つ間、ぼんやりとしながら話していた。
「なんか、すっげぇ悔しい。」
「俺も。」
光樹と航が、青い空を見上げながらそう言う。
球場では2試合目が始まっていた。
「俺らも金賞狙ってコンクール出て、それで銀だったときも悔しかったけどさ……今回もめっちゃ悔しい。」
「……だね。自分たちと同じくらい、熱入ってたんだなぁって思う。」
「それな。」
2人が話しているのを、空夜はただ聞いていた。
試合終了後、グラウンドに立ち尽くす陸玖が頭から離れなかった。
泣くでもなく、蹲るでもなく、ただ立っていた。
まるで何か、大切なものが抜けてしまったみたいな。
きっと陸玖は、すごく悔しくて、でも来年のことも考えているのだろう。
これは双子の勘だ。合っているかなんて、わからないけれど。
「……来年、コンクールに俺ら出ないじゃん。」
「うん。」
「うちの学年って、30人いるじゃん。」
「うん……?」
「野球応援、できるやつらみんなで練習してさ、2年生とやるときには仕上げときたいな。俺は、また来たい。俺らの学年が、また甲子園来てくれるって信じて。」
「……地方応援も、20人くらい揃えばコンクールと被ってても応援行けるよね。」
「確かに。航も来年も出る?」
「うん。なんか、野球部の物語の一部に、なれる気がしてさ……来年も、ここで演奏したいから。」
「……ってくーちゃん、さっきから黙ってるけど大丈夫……え?!え、ちょ、え?!」
光樹がこちらを見た途端慌てる。
「くーちゃん?えっ、おぉっ、な、泣いてる?!ごめん、俺らなんか変なこと言った?!」
航もこちらを見てワタワタしている。
「……ごめん、なんか、俺、コンクールのこととかもよぎって……なんか、上手く言えないんだけど……」
「うぉー!赤津陸玖ー!!来年も甲子園連れてけー!」
「そうだそうだー!」
空夜の肩を抱いて、2人がそんなことを言う。
今年の夏は、少ししょっぱいまま、終わりそうだ。
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