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「はぁ…」
小便器に向かいながらため息をついた。すぐに、また誰かを怖がらせていないかと慌てて周りを確認すると、すぐ右にあの綺麗な彼がいた。
「うわあっ」
大きな声を出して驚くのは今日で何度目だろう。本当にここが男子トイレなのか疑ってしまうほど、この空間にいる彼の存在は異質だった。急に大声を出された彼は眉間にしわを寄せる。
「失礼じゃない?人を幽霊みたいに」
「ご、ごめんなさ…」
「え?何?」
綺麗な顔を近づけられて確信する。やっぱり、あのいい匂いは彼の匂いだったのか。それより彼はここに用を足しに来たのではないのだろうか。便器に向かっている俺に、向かって話す彼を誰かが見たら変な誤解が生まれそうだからせめて用を足すふりか、別の方向を向いてほしいのだが。
なんて、そんなことを言えるわけもなく。
「ごめんなさい…幽霊だなんて、思ってないです」
「ただの例え話でしょ」
「す、すみません」
「そんなに謝らないでよ、僕怒ってないから」
「わ、わかった…」
「やたらどもるし」
「こ、これはその…人見知りというか、俺の悪い癖というか…」
「へぇ、人見知りなんだ」
「…見た目によらないだろ?」
「見た目?僕が君を見た目で判断するとでも?」
何故かその時、彼の顔がすごく悲しそうに見えて俺は思わず右手で彼の肩を掴んだ。
「い、いやっ、違うっ」
「わっ」
「俺っ、そんなこと思ってない…」
「う、うん…。すごく分かったからとりあえずパンツ履いてくれない?あと、肩を掴むときは手を洗ってからにしてほしいな」
「えっ?うわっ、ご、ごめんっ、本当…!」
あり得ないあり得ない。彼に下半身を自ら晒すだけでなく用を足した後の手で身体に触れるなんて。かなり最低なことをしたはずなのに彼は俺に怒るわけでもなく、慌てて下着を履く俺の顔を下からのぞき込む。小首を傾げて不思議そうな顔をする彼は控えめに言ってもめちゃくちゃに可愛かった。
「僕のこと、見た目で判断しない人初めて」
初めて見せてくれた笑顔は、さっきまでの可愛いよりも格段に可愛かった。だけど同時にちくりと胸が痛んだ。俺は、さっきの彼の自己紹介で俺も少なからずみんなと同じことを思っていたからだ。でも、この笑顔を目の前にそんなことは言えなかった。
俺が洗面所に向かうと、彼も後ろをついてくる。本当、この子は何しに来たんだろう。用を足さなくてよかったのか、質問しようとしたがまたデリカシーのないことを言って彼の悲しい表情を見たくなかったから、やめておいた。
石鹸を泡立てて丁寧に手を洗う。何故か横で俺が手を洗う様子を観察する彼の肩が気になった。俺は左利きだし、右手は直接俺のそれに触れていたわけじゃなかったけど彼がそんなことを知っているわけないし、潔癖症ならきっと吐くレベルだろう。彼は無表情で俺を観察する。ちゃんと手を洗うかどうか、確認しているのだろうか。
「あ…」
手を洗い終えて思い出す。昨日洗濯して干しておいたハンカチを慌てて家を出たせいで持ってくるのを忘れてしまった。俺がハンカチを持っていないことを察したのか、彼は俺の目の前にハンカチを差し出した。明らかに俺に差し出されているのに、混乱している俺の頭はその状況を瞬時に把握できなかった。
「…ハンカチ、忘れたんでしょ?」
「い、良いの?」
「貸したくない相手に差し出したりなんてしないよ。…それともいつもズボンで拭いてるの?」
「ふ、拭いてないっ。あの、ありがとう…。あと、肩触ってごめん」
「え?あぁ、良いよ。右手触れてなかったし」
「えっ、何で知って…」
「ちょっと見ちゃった。ごめんね」
いたずらをした子供のように舌先を出して笑う。今日、この子に対して可愛いと思うのは何度目だろうか。今までこんな風に人の容姿に何かを思ったことは一度もないのに。
「今、僕のこと可愛いって思ったでしょ」
「な、何で分かるの…?」
「そういう目をしてたから。みんながね、考えてることは目を見たらわかるよ」
何となく、何となくだけどそのセリフがさっきのクラスメイトの態度について言っているんだと、思った。
「は、春田くん」
「なに?」
「ごめん…。俺、春田くんのこと可愛いって思ってる。…だからさっきの自己紹介も少し驚いた。俺…きっと無意識に春田くんのこと、見た目で判断してたんだ。だけど、俺は春田くんのこと怖いとは思わないしさっきの自己紹介で春田くんに対する気持ちが悪い方向に変わることもない…それだけは、知っててほしくて」
「そっか」
彼はたったそれだけ言うと、教室へ向かって歩き出す。そこで、俺ははっとする。
「お、俺っ、こんな見た目だからか、初めて会う人に誤解されがちで嫌な思い、たくさんした。…だけど、俺もそっち側の人間だったんだって初めて気が付いたんだ」
彼は、何も言わず顔だけこちらを向ける。だけど視線は床を見つめたままだった。
「ずっと…見た目で判断されるのは嫌だって思ってた。でも最近は、もう諦めようって自分に言い聞かせてたんだ。だから俺はもうあんな視線を向けられても気にしないって思ってた。でも、春田くんの自己紹介のあと、俺はみんなが恐くなった。あんなに良い人そうなのに、そんな顔するんだって…やっぱりそうなんだって」
彼はついに身体ごとこちらを振り向くが、やっぱり何も言わなかった。少し上がった彼の視線の先に俺が手に持っているハンカチがあった。
「…あっ、ハンカチって洗って返したほうが良いよね?ごめん、俺ハンカチ貸してもらったの初めてで…」
誰もいない廊下に俺の声がやけに響く。三歩先にいた彼は俺が話し終わる前に身体に触れる寸前まで近づいてくる。それから俺の手からハンカチを抜き取って俺の顔を覗き込む。自然と上目遣いになる彼の顔を目に焼き付けるように負けじと見つめ返す。
「…ねぇ、身長何センチ?」
「え?」
何の脈略もない唐突な質問にさすがに戸惑う。そしてどこか不服そうな彼の表情の理由も分からず、とりあえず正直に答える。
「ひゃ、189cm…かな、前測ったときだけど」
「えっ?四捨五入したら2mじゃん!」
「いや、春田くんも四捨五入したら2mだよ」
「そうじゃなくてぇ…あ、そうだ。僕のこと、依兎って呼んで」
「え?」
「い、う。僕の名前」
「依兎…?」
「うん。これからはそう呼んで。あと別にハンカチ洗わなくていいよ。丁寧すぎるほど手洗ってたし。…休み時間終わっちゃうからもう教室戻ろ。季長と立ってお話ししてたら首痛くなっちゃう」
「えっ、ごめん…」
「もう、謝らないでよ、ごめんと思うなら僕に背を伸ばす方法教えてっ」
彼の匂いを辿るように、少し騒がしくなった教室まで戻っていく。俺らが教室に入ると、またたくさんのクラスメイト達の視線がこちらへ向けられる。そんな視線に怖気つくこともなく真っすぐ自分の席へ向かう彼はかっこよかった。可愛らしい彼はかなり男前な性格で、何だか俺とは真逆の人間だった。
俺の学校への滞在時間はとても短かかったはずなのに何だか丸一日ここにいた気がしてしまうくらい長く感じた。今日一日、色々なことが起こりすぎた。
放課後、俺はまた依兎に引き留められた。
「ねえ、季長はどこに住んでるの?県外なんでしょ?」
「あ、うん。海岸線の…海の近く」
「…僕にもまだ人見知りしてる?」
「えっ…」
「もしよかったら、連絡先交換しよ。早く僕に慣れてよね」
「う、うんっ、わかった…」
俺は何故、こんな美少年に話しかけてもらえているのだろうか。俺は彼に興味あるけど、彼が俺に話しかける理由がわからない。それにこんな美人に慣れることなんて一生無い気がする。頭の上に疑問符を浮かべたまま連絡先一覧に彼の名前が増える。
「あ、うさぎだ。可愛い」
メッセージアプリのアイコンをうさぎにしていてよかったと今ほど思ったことはない。
「小動物が好きで…」
「そうなんだぁ。…って、なんでさっきからそんな顔してるの?僕と連絡先交換するの嫌だった?」
「ち、違うよっ。でも、なんで依兎が俺なんかに話しかけてくれてるのかちょっと不思議で…」
「季長のこと、もっと知りたいなって思ったの」
「俺のこと?」
「うん。僕たち、ちょっと似てるなぁって思ったんだ」
確かに、見た目で中身を判断されやすいという点ではかなり似ているのかもしれない。お互いに特徴的な見た目なだけに、その中身のギャップも大きく見える。そして、少なからずそれで大変な思いもしているのだろう。
「…そうかも」
「でしょ。じゃ、帰ったら連絡するね。ばいばい」
「ま、また明日…」
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