アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
16
-
「お疲れ様今日の検査はこれでおしまい!後は明日なんだけど‥」
「柏原さん」
「ん?どうかした?」
柏原郁(かしわばらいく)
もう何年も顔を合わせている気心の知れたお馴染みの看護師さんで。出会った当初は新米だったのに今じゃ柏原さんが新米の面倒を見ていたりする。
「九条先生ってどんな人?」
「九条先生?
んー‥私は良い先生だと思うけど」
「良い‥先生?」
「うん!
ドクターとしては凄く優秀。患者さんの事を良く見ているし頭の回転も早くて切れ者!」
「‥そう、なんだ」
「大出先生の下に居た人達はみんな優秀だけど、アレは才能ってやつね。まさに医者が天職って言うか、医者になる為に生まれてきたとか」
「そっ、そんな凄いの?」
「ちょっと盛った!」
「柏原さん!オレ真面目に聞いてるんですよ!」
「ごめん~!
まっ、主治医なんだから見てれば分かる事もあるんじゃない?」
「?」
「あの青い目の魔力は凄いから!じゃあね壱君!」
「あっ、ちょっ柏原さん!」
パタパタと。
足音を立てて白い服が遠くなる。
白衣の天使なんて言われてる看護師だけど、今時動きやすさを考慮したナース服はズボンだし、不衛生とゆう理由からナースキャップも随分前から無くなった。
看護師は優しい天使みたいなイメージを持つ人も居るんだろうけど、本当は割と逞しいし頼もしいし頑張り屋さんだったりする。もちろん柏原さんの事だ。
「ん゙~‥ヒマだ!」
寝るにはまだ早い夕方で、夕食にもまだ時間があるだろう。
夕方‥か。
屋上でも行ってみよっ!
気分転換にと、屋上を目指して足を進めた。
そういえば、今日は九条先生に会ってない‥
なんて事をボーっと考えながら最後の階段を登り切る。
「‥き‥です‥‥‥」
「‥ま‥‥僕‥‥」
開きかけた屋上のドア。
その向こうから微かに声がして握りかけたドアノブを掴めずに固まった。
「私‥っ‥‥と‥で」
「‥あ‥さい‥」
何を話しているのかは分からない。けれど緊迫したような雰囲気に、足を踏み出す事が出来ずにいた。
戻ろう。
少しだけ開いた隙間から見えたのはオレンジ色の綺麗な夕日だった。
「九条先生!待ってくださいっ」
「!?」
さっきよりも近くで聞こえた声にドキリとして。
部屋に戻ろうと踏み出した足が止まってしまった。
物音を立てたくなかった。
盗み聞きするつもりなんて無かったけどココに自分が居る事がバレてはいけない気がして。
たまたま居合わせただけなのに悪い事をしているような気分だ。
「私‥諦めます!」
「‥」
「諦めますからっ‥キス、してください!」
「‥」
「一度だけでいい‥抱いてくださいっ」
「‥」
「そしたらっ‥綺麗サッパリ忘れますっ‥だからっ」
女性の声は相手を九条先生と呼び、力無く発せられた声は紛れもなく泣いていた。
でもオレの知ってる九条先生とは別の九条先生かもしれない。
ドクドクと大きく動く鼓動に熱くなる体、それから嫌な汗。
興味があった?
分からない。
ただ、涙を流す女性と同じ様に九条先生の言葉を待った。
何故待ったのか、何故直ぐに病室へ戻らなかったのか‥分からないんだ。
息遣いや心臓の音すら聞こえそうな程の静寂。
今、動かなければ聞かなくて良い事を聞いてしまうと思った。
今、動いてしまえば誰かがココに居て盗み聞きしていた事が確実にバレてしまうと思った。
「‥泣いたら目が腫れてしまいますよ」
「っ‥」
「仕方ありませんね‥」
「んっ‥っあ‥」
コツリと足音が聞こえて、それから女性の‥いやらしい‥‥声。
その瞬間。
勢い良く走り出してしまった。
反射的に。
足音が響くのも、誰かがココに居た事がバレてしまうのも構わずに目を背けて。
「っハア‥ハアッ‥っ」
大丈夫。
誰かが盗み聞きをしていたけど、それがオレだったとは九条先生には分からない。
忘れたらいい
黙ってたらいい
大丈夫。
オレは何も聞いてないから‥大丈夫っ
「ハアッハアッ‥っハア」
屋上から20階分の階段を一気に駆け下りる。
運動不足の体は思っていたよりも早く音を上げ、酸素を欲した。意外と素早く動く体は、ただただ走り続けたまま止まらない。
「っく‥はっハアッハアッハア‥ッん‥あっ‥ハアッハアッ」
どうしてだか必死で。
やっと辿り着いた一階。
中庭に出て、人目につかない草の中で両膝を突いた。
「っ‥ハアッハア‥」
大丈夫。
大丈夫‥
胸なんか痛く無い
胸なんか苦しく無い
「ん‥ハア‥‥っ‥ハアッハア‥」
大丈夫。
オレは大丈夫‥まだ、大丈夫だから。
握り締めた爪先に土が入り込んで、ブチブチと草の千切れる音。
青臭い匂いが鼻についた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
16 / 96