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何故だか分かってしまったから。
必ず電話するようにと書かれた訳でもないのに、両親があの番号に電話を掛ける事を分かっていたような対応。
馬鹿なオレにだって分かる
違う、そうじゃない。
あんな腹黒そうな顔で笑ったクセに、馬鹿なオレにだって分かる‥こんな分かり易い事するなんて、わざとだと思った。
大出先生をずっと頼りにして来たオレやオレの両親は大出先生の退職に確かに不安感はあった。
仕方の無い事だと、もう大丈夫な体になったんだから平気だと、言い聞かせるような部分はあったんだ。
オレがじじ先生に会いたい事を利用して、必ず両親に紙を渡すと踏んだ。
きっと九条先生はオレの両親が心配性だと大出先生から聞いてる。もし聞いて無くても、想像くらいは出来るはずだ。
今まで闘ってきた時間を‥
そうやって‥わざわざ電話をさせて会話してまで知りたがった両親の声色。
両親に知らせて逃げられなくなったオレに、そうまでして検査をさせたい理由。
この人は、患者とちゃんと向き合う事をするんだと。
この人は、大出先生のように患者を大切にする先生なのだと。
「中々‥止まりませんね」
「‥?」
「ずっと泣いています」
「‥ごめんなさい」
涙で掠れた自分の声が弱々しく聞こえて唾を飲み込んだ。
「壱君‥」
「っ‥」
スッと、伸びて来た手に鳥肌がたった。
頬を撫でスルリと首の後ろまで手が回り、そっと引き寄せられた体は素直に先生の胸に体重を預けた。
「すみませんでした‥」
「‥え?」
「検査の時一緒に居られなくて」
「‥」
「前の手術が長引いてしまって‥心細かったのではないかと‥」
「‥手術、成功したんですか?」
「え?‥えぇ、すぐに回復すると思いますよ?」
「‥良かった‥なら、いいです」
「‥」
いきなりの質問に少し戸惑った声が何だかおかしくて目を閉じた。
トクン‥トクンと
その音に少しだけ安心して。
「壱君‥」
「ん‥せん、せぇ?」
「すみませんでした」
「?」
ふわりと撫でられたら髪に少しだけ目を開けた。
「‥早く、見つけてあげられなくて‥すみませんでした」
「‥‥」
「怖い思いを‥させてしまいましたね」
「‥」
「今夜は僕も泊まりですから、ゆっくり眠ってください‥」
嫌いだと思った
苦手だと思った
告白をしたであろう彼女を振り、そしてあっさりと唇を重ねた。
いつもより低く大人びた声は企みを孕んで誘惑していた。
なのにあの時と同じ様な低めの声で‥オレを心配し、そして大丈夫だと言葉にする。
開いたままのカーテン。窓から月明かりが差し込んで、深い深い青い空は雲一つなく綺麗に星を浮かべる。
大嫌いだと、そう思った。
冷たさを見せていたくせに、この胸は暖かい。
脈打つ心臓はこんなにもオレを微睡みへと運ぶ。
大嫌い。
大嫌いだ‥
トクン‥トクン‥
この音も、
トン‥トン‥
背中をあやすこの音も
大嫌い。
「もう‥大丈夫です」
「‥」
目を開けてゆっくりと体を離す。
見慣れた診察室に見慣れた顔。
「涙、止まりましたね」
「すみません‥」
返事の代わりにニコリと、それからキイっと椅子の音。
あの日から、診察の度にする質問に嫌な顔一つせず答える先生は、たまに流れてしまう涙をこうやって拭ってくれる。
「壱君は四月から高校生ですか」
「あ‥はい。でもおっ君とは別の学校で‥」
「そうですか。それは寂しいですね‥」
「‥少し」
「壱君」
「?」
「新しいお友達、沢山出来ると良いですね?」
「あっ‥でも、自信‥無い」
つい俯いてしまった視線を上げる事が出来ずに眉を寄せる。
クスクスと笑った声は九条先生の声だった。
「声を‥掛けてみたらいいんです。」
「‥」
「沢山じゃなくても良いですよ。」
「え?」
「壱君が心から笑えたらそれで良い。そうですね‥お友達になりたいと思った人に声を掛けてみましょう!目標はまず1人です!」
「あっ‥っ、ハイ!」
「きっと楽しい高校生活になりますよ」
「っ‥頑張りますっ」
想像した。
毎日がキラキラ輝いた生活を。
沢山の笑顔が溢れる大切な日を思い浮かべて、自然に頬が緩んだ。
「?」
こちらを見た気配がして、視線を向ければやはりこちらを見ていた先生と目が合った。
「‥壱君」
「先生?」
「少しずつ、運動をしてみましょう」
「えっ‥」
「君の心臓は大丈夫。
ただやはり急に激しい運動をしてしまうと負担が大きいので、少しずつ体力と筋肉を付けて、そうやって慣れさせていきましょう」
「っ‥でも」
「二年前、壱君が走ってしまった時の事を覚えていますか?」
「覚えて‥ます」
「あの時は無理をしたのがいけなかった。
本当はもっと早くても良かったのですが少し心配だったので‥」
そう言った先生は少しだけ瞼を伏せて、青い瞳を隠した。
「ですが、壱君が前を向いているなら僕は背中を押します」
「‥」
「大丈夫。僕が付いていますから」
「‥お願いしますっ」
「ええ、焦る事は無いです。ゆっくり進みましょう。
‥あ、今日は送りましょうか。この後大出先生と会う約束をしているんです」
「っ!
オレもっ!オレも行く!」
「ハハッ、分かっていますよ」
目の前がパッと明るくなった気がした。
道が開けたような、ブワッと風が入り込んで来たような、そんな感覚。
頑張ろう。
強くなろう。
前を見て、そう心に決めた。
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