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壱君がリハビリルームでトレーニングを始めて早1ヶ月
壱君に運動をしましょうと伝えたあの日、リハビリルームで壱君に付いてくれる丸田先生を紹介した。
あれから壱君には一度も会っていない。
丸田先生からの報告はきちんとあるものの、正直気が気でないのは僕の方で、何度もリハビリルームへ顔を出そうと思った。
一目、元気な姿を見たらそれで安心出来るのに、そうしなかったのは自分が壱君に嫌われていると知っているからだ。
だから、立て込んでいた手術のせいにして忙しいとリハビリルームに背を向けていた。それに丸田先生とは知り合いのようだったし僕が行ってちょっかいを出すより2人の方がよっぽどリラックス出来るだろう。
でも
壱君は大丈夫だろうか‥
数日前に入学式があったはず。友達が出来ていたらいい。
話を聞いたり見ている限り、壱君は初対面の人には一度壁を作ってしまう傾向がある。慣れてしまえば明るくてとても良い子だとすぐに分かるのだろうけど。
奥村君のように、壱君を引っ張ってくれる子が近くにいたらいい。いや、もっと高望みをしよう。
出来るなら、彼が無理しなくても大丈夫な速度で‥笑い合い、すぐ隣を歩いていけるような‥そんな子がいい。
穏やかに、でも悩んだ時には力になってくれる真っ直ぐな子がいい。
彼は人が好きで、笑顔が良く似合う。
出来る事ならば、壱君が悲しまずに済む世界があればいい。迷わずにそこに辿り着けたなら‥
コンッコンッ
「失礼します」
「‥壱君?」
「‥」
「あ‥ハハッ、見違えましたね!」
ガラガラと。
引かれた診察室のドアから入って来たのは髪の色が随分と明るくなった壱君だった。
俯きがちに入って来た時は違う患者さんが間違ってしまったのかと思ったが、名前を呼べばこちらを見た顔は紛れもなく壱君本人でつい笑みが漏れる。
「久しぶりですね、どうぞ座ってください」
「‥」
「髪、とても似合っています。制服も変わって‥背も少し伸びましたか?」
「‥」
「何だか‥一気に大人びた雰囲気になりましたね」
荷物を置いて、それから椅子に座る。
まだ真新しい制服も彼にはとても似合っていて、この1ヶ月で驚く程の変化だ。
「トレーニングはどうですか?丸田先生からは問題無いと聞いていますが‥」
「‥」
「辛くはないですか?もし壱君から何かあれば‥」
どうも、様子がおかしい‥
診察室に入って来た時から一度しか顔を見ていないし会話も無し。俯いたままの状態が気怠げにも見える。
高校に入って外見と共に中身も随分変わってしまったのだろうか‥
いや、でも‥まさかっ!
「壱君?」
「‥」
「壱君!大丈夫ですか?
胸、痛みますか?体調が悪いですか?」
勢い良く立ち上がり、肩を掴む。
あぁ‥俯いていて、顔が見えない。もし無理をしていたなら大変だ。
そうか、僕は大きな間違いを犯した。やはりリハビリルームへは顔を出すべきだったんだ。丸田先生が居ようが主治医は僕なんだから。
僕が気付かなくては‥
僕の側に居てもらわなくては‥
壱君‥
「壱君っ」
冷たい床に膝を突いて、顔に掛かった髪の中に手を差し込み頬に触れる。
「っ‥」
「‥」
交わらない視線がもどかしくて顔色を見たくて、半ば無理矢理こちらを向かせた。
ゆっくりと上がる壱君の睫に息を飲む。
何故だろう‥
今まで彼の目は何度も見て来たはずなのに、前髪の隙間からこちらを見る壱君の目は、いつもより真っ直ぐ自分を見ているようで体の芯が震えた。
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