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「手土産です、どうぞ」
「‥」
目の前で腕を組む薫の前に、ご機嫌取りで用意した珈琲豆を渡す。
今日は薫も仕事が休みらしいので家にお邪魔する事にした。
「‥何ですかその顔。
行くと言ったでしょう」
「‥」
何の躊躇もなく上がった玄関。ソファに座れば睨まれてしまったけれど別に押し掛けた訳じゃない。
連絡はした。
ただ、返事を聞く前に強制的に通話は終了させたけれども。
「はぁ‥全く。
で、氷室壱がどうかしたか」
「‥は?」
「それを話に来たんじゃないのか?」
「いえ、別に?」
確かに‥ここのところ壱君の話しばかりしていたかもしれないけれど、今日はそういうつもりで来たのではない。
「遊びに来てはいけませんでしたか?」
「‥良いか悪いかの二択なら、悪い」
「酷いですね!
一緒にお風呂に入った仲なのにっ」
「‥突っ込まんぞ」
「つまらないですね。」
フウと一つ溜め息をして。
それから眼鏡を取り目頭を摘む。休みの日くらい腐ったように寝てしまいたかったけれど、どうも最近寝付きが悪い。
「何だ、疲れてるのか?」
「‥いつもと同じです。
あ、僕にも珈琲‥」
「‥」
キッチンに立つ薫を見て声を掛けた。
言わなくても出してくれるんだろうけど、薫は最近優しくない。
出逢った当初からこんな感じだった気もするけれど、やっぱり僕の扱いが雑なのだ。
「そろそろ彼女でも作って欲求不満の解消でもしたらどうですか?」
「悪いがお前のように誰にでも勃つ訳じゃないんでな」
「はっは!
言ってくれますね。流石に僕だって誰にでもという訳では」
「ふん、どうだかな」
フワフワと漂ってくる珈琲の香りを吸い込んで、それからソファに背を預ける。
自分の家よりも他人の家に居心地の良さを感じてしまうのは何故だろう‥
「‥それに最近は結構自粛してるんです」
「お前がすべき事は自粛ではなく自重だ。」
「‥はは」
強ち間違いではない。
そもそも寄ってくるのはあちらであって、こちらからは大した事はしていないのだ。
ただちょっと言葉で突ついたりはしていたけれど、そういう事を自粛していた。
要するに。
軽はずみな言葉を止めるより先に、軽はずみな行動を慎めと。そう言いたいのだろう。
「まあ‥どう聞こえるかは分かりませんが、最近は程々ですよ」
「飽きたか。」
「刺々しいですね。
別に僕だって欲求の為だけに抱いてる訳じゃないんです。性欲は激しい方じゃないので」
コトリとテーブルに置かれたマグカップ。
手を伸ばしニコリと笑ってから口を付けた。
やはりこだわり屋の薫が入れる珈琲は良い香りがする‥
甘くない黒い液体に自分が映り込んだ。
「お前の性事情に興味は無いが‥」
「?」
隣に座った薫は自分の珈琲に口を付けてから息を吐く。
長い足を綺麗に組んで、いつものスーツよりラフな格好で天井を見上げた。
「何を探してる?」
「‥」
「あっちもこっちも。来る者には手を伸ばし、去る者は簡単に手を離す。」
「‥」
「誰一人、まともに見ようともしないで何が見つかる?」
「‥」
「医者としては優秀だが、それだけだな」
何も、言葉が出て来ない。
言われた言葉は全て本当だからだ。
分かってはいたけれど、それを見詰め直すなんてしなくてもいいと思っていた。そうやって一生、生きて死んで行くのだと、そう思っていたから。
「医者として‥優秀であればそれで良かったのですがね。今は耳が痛い‥」
「‥」
人にちょっかいを出すのは昔からの癖であり僕という名の人間性だ。
言ってしまえば。
今まで体を重ねて来た人達は大体が、流れという言葉で片が付くだろう。
そこに愛はあって
愛は無い。
「まあ、人の事言えたもんじゃないが‥」
「そこは同感しますね」
「耳が痛いな」
フーっと。
お互いが一つずつ溜め息を漏らす。
僕程遊びはしていないものの、薫もまた何かを探すように誰かと体を重ねた事があるからだ。
人を求め
人を欲し
人と交わり
人と繋がる
人に呆れ
人に嫌悪し
そしてそれは自分だと悟る
「‥駄目ですね。壱君はどんどんと成長して行くのに、置いて行かれた気分です」
特に考えて発した言葉ではなく、ポツリと半ば独り言のように壁に吸い込まれていく言葉。
確か明日はトレーニングに壱君が来るはず。顔を出してみようか‥何だか凄く会いたい気分だ。
「やっぱり好きなんだろう」
「‥好きですが」
珈琲を啜った薫は一瞬止まってから、フッと口を緩めた。
「あ、いえ‥なんと言うか‥」
スッと口から出た好きという言葉に全くの違和感が無い。
好きと言ったからといっても何かが変わった風でもない。元々そこにあったように何もズレていないような変わり映えのしない景色。
「大して変わり映えもしてないので、人として‥と言った所ですか」
「違うな」
「?」
「最初から‥好きだったんだろう?」
「‥‥」
最初から?
最初とは‥壱君が大出先生に泣きついた時だろうか。
あの瞳から悲しみの涙が溢れるのが堪らなく羨ましかった。
あの時も、鋭く冷たい目しか向けてくれなかったのに‥
‥あの‥時
「‥あぁ、なる程。」
「今度はもっと良い豆を持って来い」
「‥えぇ、そうする事にします。
一本貰ってもいいですか」
「珍しいな」
「吸いたい気分なんです」
テーブルに置いてあった煙草に手を伸ばし、それをくわえる仕草を見て自分も無性に吸いたくなった。
渡された煙草に空のマグカップ。
次に飲むならミルクと砂糖を多めに入れた、甘い甘いやつがいい。
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