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第3章ー10 侮れない男
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「室長は能力が秀でている。多分、副市長も彼が相手だと、余計な説明もいらないから楽なのだと思う」
「そうか」
「室長も揺るがないポリシーがある。安齋や大堀の書類を精査しているのは、最初が肝心だからなのだと思う。書類づくりにはクセがある。ただ、一定のルールもある。おれは、文化課に配属される前の部署で、それを学ぶことが出来なかった。だから文化課に入って、最初に鍛えられたのは書類づくりだ」
「ルールか」
「それは、室長のルールではない。市役所のルールだ。文化課に異動するまで、おれは、そのルールを教えてくれる人に出会わなかった。それは、その人たちのせいではないのだと思う。多分、この市役所全体の資質の低下なのだと思う。大多数が知らないものがルールと言えるのかと疑問を持ったこともあるが、やはりルールに乗っ取った文章は美しいし、誰が見ても文句はつけられないくらい理解しやすいものだ」
田口は、そう言ってからそっと鞄からボロボロになった書類を一部取り出す。
「これは?」
安齋はそれを受け取り車内灯を付ける。
書類はとある事業の企画書だった。
作成者は保住になっている。
「文化課の頃の、室長の企画書だ」
安齋は目を通し、そして田口を見る。
「どうだ」
田口の問いに、安齋は頷いた。
「確かに。まとまっていてスマート。だがしかし、要点は的確にまとまっている。なおかつ、心にぐっとくる言い回しも含まれているな」
「費用対効果も的確に算出されている。おれはこれを見た時、何の説明もなくても、この事業のイメージが湧いた。びっくりした。こんな文章書きたいなって思ったんだ」
「田口。お前は本当に室長が好きなのだな」
「憧れている。あの人みたいな職員になれるといいのだけれど。タイプも違うしな」
照れ笑いをする田口は素直だ。
安齋は半分呆れるが、思わず釣られて笑ってしまった。
「お前というやつは。中学生だな」
「よく言われるけど」
安齋は大きく息を吐いて、書類を田口に返す。
「確かに。それを見せつけられると能力が高いことは理解できた。だが、しかし。まだおれには理解できないことも多い」
悪いやつではないことは、理解している。
だが、いい奴でもないことも理解できる。
安齋という男。
いずれ、二人の中に爆弾みたいなものを持ち込みそうな気がするのは、気のせいではない。
だが、今は少しでもそれを和らげる方法を選ぶしかないということも分かっている。
「安齋。お前の性格は、それでいいじゃないか。とことん、室長と向き合ってみたら。いつか理解した時に、お前の判断が下されるのだろう。おれはもう何年も前にそれをしてきた」
「お前が?」
「そうだ。最初は緩い感じで服装もだらしなくて。見た目も若いから、年下の上司だと思ったし。嫌いだった。認められないって思ったこともあるし。破天荒な振る舞いも、上司に対する悪態も、おれの価値観から逸脱していて、なんだか嫌だった。だけど、ちゃんと向き合って、そして、今は尊敬すべき憧れの先輩だ」
安齋は田口を見つめる。
「お前がどう判断するかは、お前が決めるしかない」
「……なんだか、お前に説教されるとは思ってもみなかったな」
話は理解したとばかりに、安齋はブレーキを踏みギアを握った。
送ってくれるらしい。
「お前と話ができてよかった。少し考えてみよう。お前の家を教えろ」
「すまない」
静かにゆっくりと走り出す車。
田口は内心、ほっとしたようなドキドキを覚える。
安齋は侮れない。
要注意。
そう思いながら。
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