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第4章ー01 冷戦状態
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それから、数週間が経過した。
田口の風邪は幸い軽症だった。
日頃から身体を動かして体力づくりをしているおかげだろう。
保住だったら、重症化しても「いつものことね」くらいの話だ。
推進室の職員同士のぎくしゃくは改善こそしていないものの、冷戦状態であることは言うまでもない。
先日の邂逅で大堀は、表面に出ているものが全てではないということを理解した。
大堀には、何か隠していることがあると理解したのだった。
少し理解出来たおかげで、彼の人となりが少し見えてきている。
隠しているものが何であるかは依然わからないままだが、それはそれでいいのだと思っていた。
問題は相変わらず安齋にあるようだが。
彼自身が大人しくしてくれれば、何の問題も起きない。
ただそれだけなのだ。
「どうやら四苦八苦しているようだな」
週に1回の定例報告を行うため副市長室を訪れると、澤井が嫌味がましく声をかけてきた。
「そう見えますか」
保住はしらっとして言い返すが、書類を眺めている手を止めて澤井は、笑う。
「選ばれし者と言われると聞こえはいいが、荒くれ者ばかり。やはり田口を連れて行ってよかったな」
「……」
天沼もいる席で、職員一人を取り立てるのは得策ではないと判断し黙り込む。
「あちこちから苦情が上がっているぞ。特に安齋だな」
澤井は愉快そうに笑った。
高みの見物を決めこんでいるということか。
「お前は甘いからな。いつまでも遊ばせておくな」
「承知しております」
澤井は天沼を見る。
彼は顔色がよさそうだ。
先日、澤井が休ませたと言っていたことを思い出す。
今の立場を理解して、自分なりに適応してきているというところか。
やはり、天沼の立ち位置はここだったなと理解する。
ぎすぎすした環境に居たら、心病んでしまいそうな気がした。
「総務部、財務部、観光部、市民部から苦情が上がっております」
思った以上か。
保住は失笑するしかない。
「おれのところに連れてきてもいいが」
「もう少し様子を見させてください。なんとかします」
「なんとかなればいいがな。本来の業務に支障を来されると困る」
「それは心得ております」
「お前な」
澤井はため息を吐く。
「今まで部下に恵まれ過ぎたな。保住。これが現実だ。やり方を変えない限り、前には進めないぞ」
「あなたのような上から押さえつけ型指導は好きではありません」
「そうか。お前のやり方はおれに似ていると思うがな」
「自覚しておりません」
「理解していないのは、お前だけだ」
頭の後ろで腕を組んで澤井は笑う。
本当に。
この人と話をすると、目の前の困難さなんてクズみたいに見えるのだろうなと思う。
ここまでのし上がってきた経緯の中には、挫折も含まれているはずなのに。
「田口を潰すなよ。あいつは意外にも繊細だ」
「……分かっています」
「だからここに寄越せばよかったのに」
「天沼の前で、そんなことを言うなんて失礼ですよ。ね?」
保住の言葉に天沼は、にこっと笑顔を見せる。
「天はどこでも務まる。ここでなくてもな」
澤井は彼の能力を買っているようだ。
それはそれでいい傾向。
「ありがとうございます」
天沼は恥ずかしそうにぺこっと頭を下げた。
良かった。
心の重荷が軽くなる。
自分の選択は間違っていなかったということ。
「定期報告に移ってもよろしいでしょうか」
「そうだったな。さっさと報告しろ。無駄話で後5分しかないじゃないか」
「無駄話を持ち掛けてきたのはあなたですよ」
保住は苦笑してから報告を始めた。
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