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第5章ー13 仲間
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部署に顔出す前に澤井のところに寄った。
昨日の言いつけを守ったわけではない。
昨日の遅れがどんな影響になっているのか探りたかったのもある。
ただ、それだけではないことも心のどこかでは理解している。
この苛立った気持ちを鎮めてくれるのは、今回ばかりは田口ではないとわかっていたからだ。
昔からそうだ。
保住は次から次へと湧き出るアイデアや、思い付きをコントロール出来ずにいた。
彼の思考回路のスピードは並外れている。
普通の人間といつもの調子で話をしたら、「変な人」「頭おかしい」そんなことを言われるのだ。
澤井は知っている。
入庁仕立ての保住は、学生時代のそのままで仕事をしていた。
そのおかげで、周囲からは浮きまくり。
噂の新人扱いで、先輩も上司もみんなが彼の扱いに戸惑っていた。
そんな状況を見兼ねて、課長である澤井が彼を預かったのだ。
その際、市役所職員として持たなければならない志や姿勢を徹底的に叩き込まれた。
そして、周囲の人への配慮を持つことを覚えさせられた。
––––ペースを落とせ。
そう何度もだ。
レベルを落とせと言うことだ。
それを習得させられたおかげで、みんなとも仕事が出来るようになった。
ただ、油断するとこうして配慮できなくなる。
暴走した時。
止めてくれるのは澤井だけだ。
田口や、安齋、大堀への後ろめたさ。
自己管理不足の自分に対する苛立ち。
そんな気持ちが鎮まると、後は前を向いて歩くだけ。
「おはよう」
自分の席に座ると、三人が疲弊した顔で保住を見た。
「係長、お身体は……」
息も絶え絶えな大堀の問いに、保住は申し訳のない気持ちになりながら答える。
「すまなかった。もう大丈夫だ。お前たちは、よく踏ん張ってくれた」
「踏ん張れませんでした」
安齋は珍しく申し訳なさそうな顔。
「安齋は二日続けての徹夜だろう。帰っていいぞ。後はおれがやる」
「そんなことを言わないでください。おれに配慮しての言葉なら、ここに居させてください」
「そうか」
保住は目の前に山積みになっている資料を見つめる。
田口が簡単に説明を加えた。
あちこち滞っている案件だ。
頭が痛むような内容に、安齋や大堀は顔色が悪いが、田口は冷静であった。
「……以上です」
「田口、滞っている案件の順番に15分単位で先方との約束を取り付けろ」
「了解です」
田口が電話を始めたのを見て、保住は二人を見る。
「よくここまで準備してくれた。任せておけ」
「室長……」
大堀は泣きそうだ。
安齋も表情を和らげた。
30分くらいかかっただろうか。
田口が「終わりました」と声を上げる。
その間に資料を見ていた保住は、立ち上がる。
「田口、一緒にこい」
「はい」
「お前たちは、次の企画に取りかかれ」
「はい!」
「承知しました……」
––––––––––––––––––––––––––––––––––
嵐のように去っていく保住と田口を見送って、大堀は不安そうに安齋に視線を向けた。
「15分ごとって。それで各部署と交渉する気なのかな?」
「だろうな」
「んな無茶な」
「いや、本気だろうな」
「おれたちが半日かけても話にならないのに?」
「そういうことだ」
面倒な話は考えられない。
正直いうと二日続けての徹夜はきつい。
安齋は目頭を抑える。
––––室長は救世主になり得るのか?
そんな興味だけが、彼を支えているようだった。
––––––––––––––––––––––––––––––––––
3時過ぎ。
昼下がりで眠さが襲ってくる。
––––限界か。
そんなことを考えていると、保住と田口が戻ってきた。
「お疲れ様でした」
「ど、どうですか」
大堀の問いに答えたのは田口。
「全ての案件で話がついた」
「え?」
「へ?」
二人は顔を見合わせる。
「対処療法だ。現段階での折り合いを付けただけだ。後は一つ一つ丁寧に詰めなければならない。企画書を返す。あちら側の条件をメモしてあるから、叶えられるように善処してほしい」
––––病み上がりなのに。彼のどこにそんな力が隠れているのだろう?
安齋は目を瞬かせてから、保住を見つめる。
渡された企画書には、赤ペンでいろいろなことが書かれている。
「室長。本当にありがとうございます」
大堀は心からそう思うのか。
ぺこりと頭を下げる。
「感謝されるようなことはしていない。おれの管理不足だ。おれのほうこそ、謝らなければならない」
保住は「すまなかった」と頭を下げる。
「室長が謝ることでもないでしょう」
安齋は言う。
「きっとこの部署は、どれもこれも初めてのことですよね? おれたちもチームとしては始まったばかりだし。もう少しすればうまくいく。そんな気がします」
「それはそうだな」
保住は苦笑する。
「おれはこんな男だ。体調管理がいつもできない。みんなには迷惑をかけると思う」
「今回の件でよく分かりましたが、おれたちも問題山積です。どうぞ、これからもよろしくご指導ください」
安齋も頭を下げる。
『上司として認めよう』という意味だ。
安齋のそれは、チームにとっては大きい前進になったようだ。
大堀は、ふと笑みを見せた。
田口もほっとしたように表情を緩める。
それから、保住も疲れ切った顔で、笑った。
今朝から気難しい顔をしていた彼に笑みが戻ると、その場の雰囲気が一気に明るくなる。
保住とはそういう男か。
仕事モードが取り払われて、ふと見せる表情は年相応。
張り詰めていた緊張感が一気に緩むと疲れがどっと押し寄せてきた。
「反省会はこれくらいにして、定時までもう少し詰めよう。今日は定時で解散だ。さすがのおれも横になりたい」
保住は背伸びをして、大きくため息を吐く。
「でしょうね」
田口は相変わらず心配そうに保住を見ていた。
––––田口は、思い切りのいい奴であると思っていたが、室長のことになると途端に心配性だ。澤井副市長とのことと言い……興味深い。
安齋が黙って田口を観察していると、大堀も「おれも疲れた~!」と大きな声を上げた。
安齋もどうやら限界らしい。
思考がまとまらないのは、二日間の徹夜のせいだ。
目元を抑えて、少しかぶりを振る。
気を抜くと意識がなくなりそうなのだ。
そんな中、保住は「どれ、最後の仕事をしてくるか」と立ち上がった。
「どちらに?」
田口が尋ねると、彼はぶっきらぼうに答える。
その代わり、いつものように田口の肩に手を乗せた。
「澤井副市長に報告をすることになっている」
––––ああ、そうか。室長は、田口に触れることが多い。あれは……なんだ?
少し不安げな顔色の田口は「了解です」と答えた。
そして、保住もふと笑みを浮かべて田口を見る。
「すぐに終わる。心配するな」
「はい」
大堀は全く気が付いていない様子だが、安齋には違和感だらけだ。
––––これは、興味深いことだ。
出ていった保住を見送り、安齋はパソコンに視線を向けた。
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