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第6章ー07 不安
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「お前とは気が合わない気もするが、仕事の仕方は参考になる。さすが室長の秘蔵っ子だな」
「そうなのだろうか」
「自覚ないのか? もったいない。あんな出来る人の技を盗める立場にいるのだ。もっと貪欲になれよ」
誰彼構わず敵意むき出しのくせに、保住のことは認めているらしい。
田口は車を走らせて、安齋を横目で見る。
「安齋は、室長を認めたんだな」
「そうだな。――あの時はお前と話してよかったと思っている」
あの時――とは田口が風邪を引いて、安齋が送ってくれた夜のことを指しているのだろうか。
安齋に、自分がどうやって保住と折り合いをつけたのか話した記憶がある。
彼もまた自分の中で保住の存在に折り合いをつけ、そして上司として認めたということだ。
「あの人は、別格だな。おれなりにリサーチした。父親は市役所始まって以来の有能な男。だが市長公室秘書課長を最後に病死。彼の死を嘆く者が多数いたという。
保住室長は、その父親の血を引くサラブレッド。上層部には父親の同志が存在し、今でも彼のパトロンとして暗躍している。パトロンの代表格は現財務部長の吉岡――大堀を可愛がっている男だろう? ほかには星音堂の水野谷課長……。
逆に敵対している派閥の代表格は澤井副市長だが、彼と室長の関係性はそう悪くない。そこはおれも疑問が残るな」
よく調べているものだ。
田口より詳しいのではないかと思ってしまう。
「梅沢高校からストレートで東大。国家公務員にもならずに地方にくる。未婚。恋人の有無は不明だが、左の中指にはまっている指輪は女性職員たちからの様々な憶測を呼んでいる……こんなところか?」
安齋は田口を見る。
「お前はプライベートでも親しいのか?」
「親しいと言うか……飲みに行ったり、仕事のことでよく付き合ってもらったりしたことはあるけど……」
「そうか」
安齋は保住に対して多大なる興味があるようだ。
背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
これ以上、色々と聞かれると誤魔化せる自信がない。
表情は変わらなくても、安齋の饒舌な言葉に引っかかってしまいそうだ。
腹黒。
残忍。
そんな言葉に引っ張られる。
気が動転していた。
「お前と室長は、どんな関係なのだ?」
ハンドルを握る手に力が入る。
「関係って……」
「ただの上司と部下なのか?」
「……」
ここは変に話をすり替えないほうがいいかもしれないが、肯定するのもおかしい。
田口は息を飲んでから答える。
「友達だ」
「――友達?」
安齋は目を瞬かせる。
彼の狐につままれたような顔は、初めて見た。
「友達、か……」
「そうだ。年が近いせいか……な」
田口はそれだけ言って黙る。
グダグダ言うと、綻びが出るのではないかと思ったからだ。
しばらく沈黙だった安齋が、ふと笑みを見せる。
「そうか。友達か」
「……」
――そんなにおかしいだろうか。そうか。おかしいのか。
上司と部下で友達と言う表現はおかしかったかも知れない。
――しかし事実だ。今はそれ以上だけど。最初は、友達だった。一緒に祭りに行ったり……よく飲みに行った。
「なら、いい」
しかし安齋の返答は意外なものだ。
「え? どう言う……」
「いや、なんでもない。すまないな。余計な話だ」
「……」
安齋は意味深な笑みだ。
――なにを考えている?
余計なことを言わないのが怖い。
だが次の訪問先に到着し、話は途中になった。
そして安齋がこの件を口にすることはなかった。
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