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第13章ー13 いい男だわあ。
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加藤は、「え?」と人差し指を頬に当て、ぶりっこをきめこんだポーズを見せる。
「なにを言い出すんです? 田口さん。やだな~。確かに、平は嫌いって言いましたけど。そんな小さいことを根に持つなんて、嫌な男ですね。こんなか弱い私を犯人ですって? 冗談はやめてくださいよ」
「しかし——」
「いや。お前だろう。加藤」
小西は田口の声を遮った。
「お前が犯人だっていうことをはめ込むと、腑に落ちねえことがぴたっと当てはまるんだよ」
「小西さん」
田口は小西の横顔を見た。
「どうにも解せないんだよな。お前、入院担当でもなかったくせに、野原さんが入院してきた時、率先して担当に志願しただろう? 変だと思っていたんだ。仕事嫌いのお前が、自ら仕事をしたがるなんてな。しかも、他の担当者なんかよりもよっぽど世話していたじゃねえか」
「あらやだ。そりゃそうでしょう? 市役所の課長で、副院長の息子さんですよ。玉の輿狙えるじゃないですか。女子だったら、誰しもが弱いシチュエーション」
「あは」っと黄色い声で笑い声をあげる加藤だが、目が笑っていないことに気が付いた。
——この子は……尋常じゃない。
田口はそう確信した。
「お前なら野原さんの食事に変なもん、混ぜるのもお手の物だ。それに、こうも面倒みていたお前が迎えにいったら、理由なんか聞かずに車いすに乗るだろうしな」
「小西さんって、酷い。私はか弱い乙女ですよ。男の人一人連れ出すなんて、大変じゃないですか」
「静脈麻酔だって、軽く盗めるだろう? 点滴の中身調べればわかることだ」
「だけど、私かどうかはわからないでしょう? ねえ、そう思いません? 田口さん——」
彼女はそう言ったか言わないかの内に、田口の松葉杖を蹴り飛ばした。支えを失った田口は、あっという間に床に倒れ込む。
「田口さん!」
その間に加藤は小西にとびかかった。
「なによ! 面倒ね。私はちょっと頼まれただけなのよ。うるさい男どもね」
加藤は女性の割りに力が強い。また、小西との体格差を見ると、女性という部分を差し引いても、加藤のほうが勝っていた。
小西に馬乗りになった加藤は、彼につかみかかる。
「男のくせにぺらぺらと。私はねえ。寡黙な男が好きなの! 言われたことを少しやっただけじゃない。私が犯人みたいに言うのはおやめ! 取り消しなさい!」
「加藤!」
小西は必死に反撃しているが両手で宙を切るのが関の山らしい。このままでは小西が危ない。そう判断した田口は立ち上がることも儘ならないのだが、なんとか床を這って行き、松葉杖を拾い上げると、それで加藤の背中を突いた。あまりの痛さに彼女は、「きゃ」っと悲鳴を上げたかと思うと、今度は田口につかみかかって来る。
「この死にぞこないめが! さっさとベッドで寝ていろ!」
足だけではない。左腕が使えないというのは不利だった。ギブスの巻かれた腕で必死に抵抗するが、加藤に鋭い爪は凶器に近い。彼女も必死であるということは理解できたが、それどころではないのだ。なんとか彼女を大人しくさせようと、もがいていると、複数人の足音が響いた。
「銀太!」
新たな人物の登場に「不利だ」と判断したのだろう。加藤は、田口の上から飛びのくと、一気に廊下の奥へと走り出した。しかし、長身の男たちの足には敵わない。あっという間に男性二人に掴まり、床に取り押さえられた。
「くそ! 離せよ! 薄汚れた手で触るな!」
愛嬌のよい笑顔を見せるいつもの彼女ではない。田口は唖然として床に座り込んだ。
「銀太。大丈夫か?」
加藤を取り押さえている渡辺と谷口。喉元を押さえて咳き込んでいる小西と田口の元に来た保住は、肩で息をしていた。
——運動が苦手な癖に。急いできてくれたのか。
「おれよりも。小西さん。大丈夫ですか」
「いやいや。参ったよ」
彼は笑顔を見せるが、その顔は引き釣っていた。
「この度は、田口がお世話になったようで本当にありがとうございました」
保住は小西を助けるように、手を貸す。しかし彼は「いやいや」と首を横に振った。
「それよりも、加藤がこんなに癇癪を起すんだ。やはりこの奥が怪しい。野原さんはこの奥に——」
槇は緊張をした面持ちで奥に歩みを進める。ここから先は槇の仕事なのだろうか。保住は田口の側を離れずにいた。
「いいのですか。保住さん」
「——心配だがな。どうやら昔からの因縁があるらしい」
「それにしても、この女。どうします」
先ほどまで暴れていた加藤だが、さすがに男二人に取り押さえられたのでは観念したのだろうか。大人しくなる。持ち直した小西が立ち上がった。
「あの。こっちに連れてきてもらっていいですか。詰所に報告しないと——。その先のことは、おれ一人の一存では決められませんし」
「そうですね」
両脇を抱えられて、保護された野生の子熊みたいな加藤はぶつぶつと文句を言っている。保住から松葉杖を渡され、躰を起こしてもらうと、あちこちに痛みがぶり返していることに気が付いた。加藤と揉み合った後遺症のようなものか。
「——痛っ」
「銀太。無理させたな」
「いいんです。すみません。お役に立てませんでした」
「どこがだ。お手柄だ。これで野原課長が見つかれば——」
保住がそう言いかけると、後ろから怒声にも似た重低音が響いた。
「保住! ここか」
そこにいたメンバーは一斉に声の主を振り返った。そこには澤井が仁王立ちしていた。天沼から事情を聴いたのだろう。
「澤井さん。安田市長は大丈夫なのでしょうか?」
保住の戸惑ったような声色に、田口は動悸がした。市役所内は、それはそれは混乱しているのが想像できたからだ。
「あっちは大丈夫だ。それより、野原は? 横沢という男はどこにいる」
「横沢の件、どこからかぎ取ったんですか」
「もともと農協の青年部長だろう? 槇たちの同級だと聞いている。あの男。安田市長への執着が強いのは、私欲が混じっているのではないかとみていたが。本当だったとはな。まったく迷惑な話だ。——だが、おれには好都合な展開だがな」
「澤井さん?」
澤井は田口を見る。
「ふん、元気そうじゃないか。心配する気にもなれんがな。——保住。一緒に来い」
「しかし、槇さんが」
「あいつに任せておくと、落としどころを間違える。おれが始末する」
澤井はそう言い放つと、渡辺と谷口に掴まっている加藤に一瞥をくれてから、歩き出す。保住は田口に視線を寄越すが、首を横に振って見せた。
「おれは大丈夫です。副市長の指示に従ってください」
「すまない。銀太」
「仕事の一環です。気にしません」
保住は名残惜しそうに田口を見ていたが、先に歩き出す澤井を追って、廊下の奥に消えていった。
「なに、あのいい男。タイプだわあ」
——まさか澤井のことを言っているんじゃないだろうな……。
加藤の言葉に答えるものはいない。残された五人はその場に立ち尽くすばかりだった。
市長の記者会見まで後、五分——。
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