アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
逢 1
-
こんな時
「アンタさ、俺と結婚しない?」
他の奴だったらどうしただろう……──
普段と変わらない帰り道。ふっと俯いた瞬間、今までいなかったはずの男にぶつかり、転びそうになった鈴の身体は彼の腕に抱き留められた。男はそのまま手を取り、呆気にとられている顔を口許を緩めて見る。
その顔で「結婚しない?」なんて言ったのだ。
どう考えたって順序も何もかもがおかしい。
「……どちら様だ」
疑惑の眼差しと真顔で尋ねると、相手は表情も変えずに答える。
「あ、俺? 俺はゼロノ・メア。吸血鬼と狼男の混血児なんだけど」
あっさりとした口調ではあるが、雰囲気からして本人は至って真面目。しかし、このご時世、見知らぬ怪しい男のお伽話など信じられる訳などなく。尚且つ、手をギュっと握られた鈴はキレる3秒前。
「そうか……って、信じる訳ないだろっ」
振り向き様の右ストレートが綺麗に入り、目の前の男が地面に沈む。正当防衛にはならないかも、なんて考えている余裕はない。
──何なんだコイツ……真顔で正気なのか?
疑問は沸き上がるが、妙なことに巻き込まれる前に一刻も早くこの場を立ち去りたい鈴は、身を起こす彼に冷たく言い捨てる。
「とにかく、結婚相手を探しているなら他を当たって下さい。見ての通り俺は男ですから」
「あ、うん。でもお前綺麗だからさ」
初対面の人間ならば怯んでしまいそうなほど近寄り難い空気にも関わらず平然と発したゼロの言葉に、頭の奥でブチっと音がしそうな程にキレた。
「俺一目ボ「いっぺん病院行けっ」
尚も続く言葉を遮って自然に出た手を、今度はいとも簡単に捕られてしまう。
「っ!?」
驚いて反応が遅れた隙にその手を捕られたまま身体を反転させられ、後ろから抱き付かれた。
「アンタ皮膚弱そうだから、殴り過ぎない方が良いよ。傷開いて血が出てる」
手首を掴んで、血の滲む指先を舐める躊躇いない行動。本で切った微かな傷に熱い舌の感じがして、背筋が小さく震える。
──…コイツは危険だ…っ
「…も、いい加減にしろっ!」
声の勢いで思いきり身体を捩り、ゼロの顔も見ないで一目散に駆け出した。
「はいはい、またな」
もう聞こえてはいない背中に言葉を投げ掛け、クスっと笑う。
懐かしい記憶に一致する顔。
でも、違う空気。
違う性別。
けれど同じく、微かに香る“甘いニオイ”
小さくなる背中を見つめながら、ピチャっと唇に残る血を舐めとる。
「……水無森……鈴、か」
鈴が自宅に戻りリビングへ入ると、千鶴がキッチンに立っていた。
「おかえり、鈴兄」
「おかえりなさい」
姉の声に気付いた奏も、リビングのソファから顔を出して鈴を見る。
「ただいま」
平素を装って挨拶を返すも、どこか雰囲気に違和感を感じ、静かに近寄って覗く体勢で見上げる千鶴。
「……どうしたの? 疲れてるって言うより、不機嫌?」
流石は勘の良い妹。その強い瞳には逆らえない。
言うつもりはなかったが、そっと溜め息を吐いて口を開いた。
「……ただ変な奴に捕まっただけだ。何でもない」
「何でもない訳ないでしょう? 気を付けてよね? 狙われ易いんだから、鈴兄は」
呆れた様子の千鶴の言葉に、些か疑問を感じる。毎度ながら、千鶴は俺を何だと思っているのだろう。
「あのな、千鶴は女の子なんだから、お前の方が……」
そう言いかけた所で袖を引っ張られる感じがして、鈴につられた千鶴と共に視線を下へ落とせばそこには奏がいて。
「気を付けて」
一言呟いてギュっと鈴の制服の袖を掴む。元から表情の乏しい弟からも心配する気配を感じ、鈴は諦めて溜め息を吐いた。
「分かった。その代わり、お前らも気を付けろよ」
「ラジャー」
「…らじゃ」
戯れのような返事に柔らかい笑みを浮かべながら、弟の頭を優しく撫でて安心させる。
そんな穏やかな光景を見つめる千鶴から、小首を傾げる可愛い仕種に似合わぬ物騒な言葉が。
「ていうかさ、殴っちゃえば?」
「それはもうした」
「あらら、鈴兄にしたら珍しい」
既に行ってしまった行動をあっさりと認めた返事に、彼女は本当に物珍しそうに見上げてくる。その意味が分からなくて千鶴を見ると、「んー」っと再度首を傾げ
「だって、こんなに感情表に出してる鈴兄、珍しいよ?」
自分ではそんなつもりのなかった鈴は千鶴の指摘に驚いた。
確かに嫌悪は感じてる。初めて会った男に抱き締められたのだから当然だ。無関心でいられるほど暢気ではない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
2 / 65