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曇
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「これでテストのとき直しは終わり、かな」
じめじめと湿った空気ですっかり重くなってしまったくた紙をまとめ、とんとんと整えながら一息つく。見上げた先の窓越しの空はすっかり藍色に染まり、いつの間にか雲に覆われて暗く濁っていた。
そろそろ最終下校時間だ。下校のチャイムが鳴る前に学校を出なければならない。それに一雨も来そうだ。
少し急ぎ気味でテスト用紙をファイルにまとめ、ノートやペンケースと一緒に鞄に突っ込んで教室を出た。
あの時藤田を見かけてから何故かあの伏せた目を何度も思い出した。結局何の用事があったのかも分からないし、後から見かけた教師との関係もわからない。
昇降口についた頃には既にぽつりぽつりと雨が降り始めていた。
「遅かったか」
思わずため息が漏れる。これは駅まで歩く間にびしょびしょになってしまいそうだ。億劫だが教室に置きっぱなしにしている傘を取りに行くことにした。
遥の教室がある南棟も、普段のこの時間なら夕陽が差し込んでオレンジ色に染まる。しかし今は雨雲のせいでどんよりと暗くなっていた。加えて体に纏わり付くような湿気が不快感を増す。さっさと傘を取って帰ろうと階段の踊り場を抜けて、目的の教室がある3階だ。階段横にあるトイレを通りかかった時だった。奇怪な音が遥の注意をひいた。
恐る恐る近づくと、どうやらそれは人の声らしい。くぐもった明らかに苦しそうに咳込み、嗚咽する声だとすぐに気付いた。
ただ事ではない雰囲気に思わず駆け寄った。男子トイレの個室、開け放たれた1番奥のものに屈んだ人影があった。
「ねえ、ーーーー」
大丈夫かと声をかけようとして、その声は喉の奥に突っかかってしまった。
色素の薄い黒髪、その隙間から覗く白くて骨の浮かんだうなじ。藤田だ。
「おい、大丈夫? だれか人呼ぼうか?」
こちらからの呼びかけに応えようと振り返った彼は、先程よりも酷くやつれた顔をしていた。普段から白い顔を更に青白くし、ぼさぼさに乱れた髪の隙間から覗いた瞳の下には落ち窪んだように隈が浮かんでいる。
「いや、」
掠れた声の間にヒュウヒュウという乾いた音が混じっている。彼は唾液に塗れた口を乱暴に袖で拭い、トイレのレバーを引いた。
「やっぱ大丈夫じゃないって。先生、呼んでくるから」
「っ、大丈夫だから!!」
職員室に向かおうと踵を返そうとした遥を、鋭い声が引き留めた。あまりの剣幕にびくりと肩が震えた。
「……大丈夫だから」
そして藤田は罰が悪そうに俯いてしまった。
遥にはこんな時にどうしてやればいいのか分からない。そうかと言ってこのまま1人にしておくわけにもいかないだろう。
思案しているうちにこちらを向いて俯いていた藤田はぐるんとまた便器の方を向いたかと思うと、再び嘔吐き始めてしまった。
う、う、おぇっ、う、
べちゃっとなにかが便器に落とされていく音が響く。つんとすえた臭いがした。
「藤田……」
「も、もう、いいから」
息も絶え絶えに言う姿に、やっぱり放って置けないと判断して遥は鞄を乱雑に地面に投げ捨てて換気扇を回し、藤田の横に屈んだ。
もう胃には内容物も無いようで、捻り出すような声が虚しく続く。
遥は藤田が落ち着くまでずっとただ無言で小さく丸まったその背中をさすった。
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