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18歳以上ですか?
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「祈りの時間です。偉大なる統治者に感謝の祈りを捧げましょう」
街のスピーカーから、ザリザリした音声が流れてくる。
僕は気だるい体を引きずりながらベッドからおりて、目をつむり祈りの姿勢をとった。
偉大なる統治者のおかげで、この世界の滅亡は「外」より少し遅れて来るのだという。
外の世界での厄災を避けるため、生き残ったわずかな人類は地下に広大なシェルターを作った。
ここは厳密に管理された、いわば箱庭のようなものだ。
暑くも寒くもない、人工の光と闇が、僕らにとっての昼と夜。
あと何年何ヶ月か……残りの年月を、僕らはこのシェルターで平穏を享受しながら、あやされるように過ごすのだ。
ありがたいことだとは思う。
一日でも長く安楽に過ごせるなら、それに越したことはない。
滅亡が避けられないものだとしても、苦しみながらその時を待つのは怖い。
でも……考えずにはいられない。
どうせ破綻するのなら、遅いか早いかの違いにどれほどの意味があるのだろう。
「うぅー……気分悪い……」
まさに今、世界の滅亡が起こってるような気分。
祈りの時間が終わったら、とっととベッドに引き上げる。
三ヶ月に一度、僕はこうして酷い体調不良に襲われる。
体が火照り、皮膚感覚が鋭敏になり、肚の中が疼き、自分が自分でなくなるような焦燥感に囚われる……
僕だけじゃない。僕の家族や親戚に同じような症状を訴える人は多い。
統治局公認のドクターには、「原因不明の遺伝性疾患」だと説明を受けた。
確かこんな内容だ。
「この疾患により死ぬことはありません。
ただ、一生付き合っていかなければならない病です。
この『抑制剤』を服用することで、症状をやわらげることができますが、あなたの家系は『抑制剤』が効きにくい体質のようです」
一生、ね。
今僕は18歳だ。
人生を謳歌する時間もないけど、滅亡を待つには若すぎる。
考えただけで気が滅入る。おまけに抑制剤は時折、十分な量が供給されないことすらあるのだ。
そうなれば、もうひたすら家にこもって休んでいるしかない。
家にいるのは嫌いじゃないけれど、さすがに気を紛らわせてくれる道具がないのはつらい。
せめて本の一冊でもあれば。
今からでも図書館に行ってみようか。
滅亡までには読破したいと思っていた本があるのだ。
この広大な地下シェルターの成り立ちについての本。
家から図書館までは近い。
一日一回の抑制剤を最後に飲んだのは四十八時間前。
まあ行ってすぐ帰ってくれば問題ないだろう。
カバンと身分証、寒くはないけど上着とマスクもつけて、白い街並みを行く。
巨大なスクリーンに空を映し出すホログラムは、経年劣化でくすんでいたり像がかけていたりする。
もうメンテナスをする余裕もないんだ。
そういう小さな終わりの一つ一つが、滅亡の足音になっていくみたいに思える。
今はまだ皆、自暴自棄にならずいつもの生活を続けているけれど、滅亡の足音はこの世界の人々の正気を、気づかぬ間に少しずつ刈り取っていくだろう。
せめて、美しいものを一つでも多く知ってから、それを抱きかかえて死んでいきたい。
足の下にある、見えないレールを思う。
これが僕の運命だ。
死へと向かう一本のレール。
踏み外さなければ、きっと安楽な死が待っている。
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