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途中ポータルも利用しながら、滞りなくβ地区を横切って行く。そしてついに、α-β地区のセンサーゲートも通過する。
来た。
初めての……α-β地区。
Ω地区出身でここに来たのは僕が初めてじゃないだろうか?
解放感と高まる好奇心で、病による不快感も忘れてしまいそうだ。
居住区の作り自体はΩ地区とほとんどかわらないが、見たことのない人に遭遇すること自体が素晴らしい体験だ。
目立つような行動は控えた方がいいだろうが……図書館の場所を聞くために優しそうな雰囲気の初老の男性に話しかけた。
「え……!?」
な、なんだろう……なんだか物凄くジロジロ見られる。もしかして、β地区出身じゃないってバレたのか?
それにしては雰囲気が異様だ。
「図書館への道を教えてほしいんですが」
「あ、ああ、図書館ね……いいですよ」
彼はしきりに匂いを嗅ぐような動きや、舌舐めずりをする。
石鹸をケチってるわけじゃないけど、ちゃんと体を洗えていなかったのかな?
自分でこっそり体臭を嗅いでみるが、よくわからない。
「なぁ君……これでどうだ?」
「は?」
彼はいきなり金をチラつかせてきた。
驚きと怒りで睨みつけると、明らかに目つきがおかしい。
後退りしてその場を離れようとすると、
「あの、図書館なら私がご案内しましょうか」
女性が横から割り込んできた。
やっぱり目つきがちょっと変だ。
困惑していると、後から後から声がかかる。
「いや、俺がご一緒しますよ」
「よ、よかったら一緒に食事でも」
「えっ、ええっ?」
男女問わず人という人に取り囲まれてしまった。
身分証は体に巻きつけるタイプのポーチに入れてあるが、こう手や肩を引っ張られると、外れてしまうかもしれない。
強引に人混みを抜けて地区の中心を目指して走った。
「なんなんだここは! 怖い……!」
ようやく図書館にたどり着き、急いで目的の本を探しあてた。
やっぱりそこでも、すれ違う人に見つめられ、触られ、声をかけられる。
ひと息つく間もなく、本を抱きかかえて元来た道を戻っていく。
この地区は何かがおかしい。
一見普通の人たちなのに、なぜ僕を見た途端皆いっせいに言い寄ってきたんだろう?
後ろからは数人が追いかけてくる。
なるべく小走りを維持していたが、すぐに疲れてきた。
自分の遺伝性の疾患や体質を恨む。
やっとのことでセンサーゲートを通ろうとするが、
「あ……?」
土地勘のない場所で、予想外のことが起きて焦っていた上に、気分が悪くて下ばかり見ていたから気づかなかった。
ゲートの上にある案内表示にはこう書いてあった。
『これより先 α地区』
(間違えた! β地区方面に行きたかったのに!)
最悪だ。
もしこのまま捕まって衛兵に見つかりでもしたら、生体情報をスキャンされて、身分証の不携帯・他人の身分証の所持・身分の詐称・侵入禁止区域への侵入と、その他色々な罪で牢獄に入れられて、欲しい本も読めないまま死んでしまう……
気弱になった所に恐ろしい想像をふくらませてしまい、情けなくも座り込んで泣くしかなかった。
ああ、司書さんの身分証を盗んだバチが当たったんだ。
すぐに通報してあげればよかった。
そうすればこんなことには。
「何をしている。怖がっているだろう」
「こ、これは……失礼しました」
カツカツという靴音とともに群衆を諫める声が近づいてきて、彼らは慌てて退散していった。
恐る恐る顔をあげると、度肝を抜かれるような美形の男が目の前にいた。
驚きすぎて身体中に痺れるような刺激が走った程だ。
少なくとも僕の行動できるセクション内ではお目にかかったことがない。
短い黒髪に、濡れた黒曜石のような瞳。
人工の光を浴びて育ったにしては浅黒い肌、服の上からもわかる精悍で野性的な体躯……。
お互い惚けたように見つめあっていた。沈黙が二十秒、三十秒と続く。先に我に返ったのは僕の方だった。
「あ、あの……?」
「はっ、すみません、見つめたりして」
低い声の割に、声の主は随分若そうな様子だ。
先程のような胡乱な目つきの人々とは違う、理性的な顔つきに内心ほっとする。
彼らを追い払ってくれたこともあって、この人は信用できそうな気がしてきた。
「その様子だと随分お困りのようですが」
「いや、別にその……あ、そうなんです、迷ってしまって。β地区に行きたかったんですが」
「それは大変ですね。俺が案内して差し上げます」
我ながらとんでもない言い訳だけど、この黒髪黒瞳の人物は意外にもそれを信じたようだ。
地元の人間なら、ショートカットルートくらい分かるだろう。
せめてβ地区まで戻ることが出来れば……
「こちらです」
柔らかな手つきで、まるで僕をエスコートする紳士のように、彼は道を案内してくれた。
彼に従って歩き、たどり着いた場所はゲート……ではなく、何やら立派な建物だった。
玄関だけで僕の部屋くらいありそうだ。
「ちょっと! ゲートに行くんじゃなかったのか?」
そこまで言って、はっとした。
まさか、こいつは統治局の衛兵?
Ω地区の司書の死体から僕の足取りを追ってきたのか?
(終わった……)
力が抜けて、僕は膝から崩れ落ちた。
そいつは軽々と僕を横抱きして、奥へと運んでいく。
ああ、どうしよう、もう体の自由がきかない。これでは逃亡もかなわないだろう。
これからどうなってしまうのかという不安と、もうどうにでもなれという自棄と、司書への罪悪感が頭の中で渦巻いている。
でもその中に一筋だけ、名前のつけられない不可解な感情がある。
この男に対する愛情のような、思慕のような、不思議な気持ち。
一体これは、何なのだろう。
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