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行為が終わると妙にすっきりした気分になった。
三ヶ月に一回の、あの苦しい期間がようやく明けたのだろう。
抑制剤は切らしていたが、まあ結果オーライだ。
欲しかった本も手に入れられたし、後は司書の身分証を返して家に帰るだけだ。
ヤリすぎてぐったりしているティヘラスを叩き起こし、本来の目的を果たさせる。
「ティヘラス起きろ。僕はΩ地区に帰らなきゃいけないんだ」
「はひっ、只今……えっ? フィル、今なんて」
「あぁ、Ω地区に『行かなきゃならない』って言ったんだ」
「帰らなきゃならない、って言いましたよね?」
誤魔化せなかったか……。
まあ僕に対して腹を見せる犬のような態度だし、通報はしないだろう。たぶん。
「実は、どうしてもこの本が読みたくてさ。α-β地区にしかなかったから、友人の身分証を借りて忍び込んだの」
正しくは死んだ友人の、だけど。
「ということは、あなたはΩ地区の住人なのですね」
「そうだよ。……通報するか?」
「まさか。せっかく出会った運命をこんなことで逃すわけにはいきません」
少し驚いた。
いつも僕が考えていることを言い当てられたのかと思って。
レールを踏み外した先には、また別の運命が続いていたのか。いや……これはきっと、ただの寄り道なんだ。
「近いうちに、また会ってくれませんか」
「……言ったろ。僕はΩ地区の人間だから、本来ここには来られな……」
「俺がなんとかします。あなたは本がお好きなんでしょう? 好きな時にα-β地区に入れるよう手配しますから」
我ながら現金だと思うが、ティヘラスの申し出はこの上なく魅力的だった。
しかも交換条件は僕との逢瀬……さっきのはなかなか悪くなかったし、ティヘラスは従順で可愛い奴だ。
街の人間はおかしい奴ばかりだけど、来てやってもいいかという気になってきた。
「でも、おまえも危ない橋を渡ることになるぞ……?」
「どうせ四半世紀もしないうちにこの世界は滅亡するんです。人を害するわけじゃあるまいし、俺とあなたがどういう仲になろうと誰も気にしない」
両手を握られてキスでもしそうな距離で力説されると、それもそうか、と思ってしまう。
「じゃ……一週間後に会おう」
「本当ですか! 嬉しいです……。でも手配はもっと早く出来ると思いますよ」
「本の返却期限だからだよ」
形のいい鼻を軽くつついて、礼のつもりで頬にキスしてやる。
*
あれからティヘラスの先導で抜け道やポータルを駆使し、来た時の何倍も早い時間でβ地区の入り口までたどり着くことができた。
ティヘラスとはそこで別れたが、あいつは見えなくなるまで僕の後ろ姿を見つめていた。
見慣れたΩ地区のゲートが見えた時は本当に泣くかと思った。司書にも無事身分証を返すことができた。
僕は今一度、司書の死体に祈りを捧げた。
こんな時代だけれど、顔を見知った友人が死ぬのはそれなりにつらいものだ。
僕は今日あったことを、彼に話すつもりで声に出してみた。
「司書さん、今日はさ、あなたの身分証を借りてα-β地区に行ってみたんだ。
怖いところだった……なんか大勢の人に群がられて」
——群がられた? そりゃ怖いな。
彼ならこんな風に返事をしてくれる気がする。
「道にも迷っちゃって、困ってたら助けてくれた人がいてさ」
その人と何があったかは、たとえ妄想でも言わないでおいた。
「そういうわけで、いい人もいるとは言えα-β地区って怖いなーって思ったんだ。色情狂の街だよ。出入りを禁じられてるだけあるよね……」
——でも、何かおかしくないか?
「何がおかしいの?」
これは誰の声なんだろう。
僕の記憶と想像が作り上げた司書の声が、勝手に思考を導いていく。
——α-β地区の住人が色情狂だらけなら、あそこに出入りしているβ地区の住人が襲われないのはおかしい。
「それは……あの人たちはβ地区の人だったかもしれないよ?」
——Ω-β地区に出入りするβ地区の住人には、そういうことされたか?
「されてない……」
僕を襲おうとした人たちはおそらくβ地区の住人ではない。
でも色情狂ではない。
出入りを禁じられているのはΩ地区の人間だけ。
「なぜ僕だけに反応したんだろう? 僕が持っていたのは司書さんの……β地区の住人の身分証。僕は自分がΩ地区の人間だとは当然誰にも言ってないから、彼らは僕が法律違反を犯してると知って脅そうとしたのでもない」
考えがまとまらない。
それどころか、疑問が次々に湧いてくる。
逆にβ地区出身の人間が、Ω地区の人間に反応しないのはなぜだ?
(α-β、いや、α地区の者だけが、Ω地区の人間に反応する……?)
今日借りてきた本のタイトルが目に入る。
『統治者の治世と地下シェルターの歴史』
僕たちが運命と受け入れているものの正体は一体何だ?
運命という名のレールは、僕の物語の本筋を外れて、誰も知らない道を行く。
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