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僕の唯一の慰めだった図書館。もうここに来ることはないだろう。
(せっかく許可も取ってくれたのに、一度しか来れなかったな……)
逃げるように早足で歩いていたのに、余り間を置かず背後から暖かい手に包まれた。もう追いつかれてしまった。布越しにあいつの体温が伝わってくるのが、なんだか泣きたいような気持ちにさせた。
「……おまえは下半身の快楽を都合よく解釈してるだけだ」
「随分な言われ様ですね……それだけで特別書庫の閲覧許可まで融通しませんよ」
ティヘラスはうやうやしく僕の手をとって、自分の方に向き直らせる。
そして、その長身を折りたたむようにしてひざまずいた。
「自分の生まれた地区から出られないという運命を、あなたは覆してみせたではないですか。あそこから出なければ、何も知らずに安楽に死ねたのに」
そう。
その挙句に、知らない方がマシだったようなことすら知ってしまったんだ。
「今度は俺が抗ってみせます」
「どうやって。僕と一緒に地獄に落ちてくれるとでもいうのか?」
「あなたがそう望むのなら」
笑ってる。こいつ、こんな時に。
デートの誘いを受けるようなスマートさで、ティヘラスは全てを捨てると言ってみせた。
*
「ティヘラス、本当に良かったのか?」
「ええ。真実を知った今、地下シェルターに未練はありません」
あれから僕は身分証の窃盗に始まる罪を自白し、裁きによってシェルターからの追放を言い渡された。
裁判では僕の所業とともに、なぜある地区の者が特定の場所に行くことが罪だとされているのか、疑問を持つ意見が報道された。
それは結果的に、封印されていた「第二の性」の存在と、地下シェルターの成り立ちの秘密を紐解くことになり……
平穏は、一時ざわめきに変わった。
統治者の措置を正しかったと言う者もいれば、偽善と呼ぶ者もいた。
同じく移動の自由を求めて声を上げる者たちが出始め、活動のさなか、「運命を手にした」カップルもいたとか……。
安楽なシェルターでの生活を捨て、「外」を新天地として旅立ったフィルとティヘラスのカップルを、シェルターではファーストペンギンズと呼んでいるのだという。
つまり、追放を望む者たちが出始めたということだ。
「『外』はきっと地獄みたいなところだぞ。
僕なんかのこと追いかけてきて……後悔するかもよ」
「あなたがいない世界なら、どんな楽園だろうと意味はありません」
「……っそういうこと真顔で言うなよな」
「そう言われても……本気ですから」
本当に変な奴。
こんな変わり者の相手は、僕じゃないと務まらないよな。
ティヘラスの首に抱きついて耳元に囁く。
「あの本には、男性でもΩ性なら出産後に母乳が出るようになるって書いてあったけどさ……それって本当かな?」
「ふぃ、フィルっ……!!」
「冗談だよ! 『まだ当分は』、二人っきりでいたいな」
ホログラムじゃない、本物の太陽が照りつける。
地獄は妙に清々しい所だ。
僕たちは手を繋いで歩いていく。
これからたくさん話をしよう。
何かを始めるには短すぎて、何かを終わらせるには長すぎる時間を一緒に過ごそう。
滅びの運命が逃れられないものだとしても、何回それを嘆くことになったとしても。
了
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