アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
7
-
本を指で引き出した拍子に、所々劣化した薄い本が落ちてきた。
ラベルにはこう書かれている。
「オメガバース計画……?」
オメガ。
自分のアイデンティティに関わる単語が出てきた。
少し離れたところで蔵書を選んでいたティヘラスの元へ歩いて行き、「オメガバース計画」と書かれた本を渡す。
「……一緒に読んでくれないか」
長机に椅子を二つ並べ、いよいよティヘラスが最初のページをめくる。
結論から言うと、オメガバース計画は失敗に終わっていた。
人口減少と荒廃の一途を辿る世界を憂い、人類は七つの大罪のいくつかを同時に犯した。
男、女に次ぐ新たな性別、「第二の性」を持つ人類を遺伝子操作によって創りだし、それらはΩ、α、βとそれぞれ呼称された。
Ω性は周期的な発情をプログラムされ、フェロモンの分泌によりα性の性的興奮を高め、性交を促進させる。
そのフェロモンに反応したα性に特定の部位を噛まれると、「番」が成立するのだそうだ。
Ω性に期待された役割。
それは妊娠出産の新たな担い手だった。
妊娠・出産能力に秀でたΩ性は珍重される一方、受動的な性としての性質が強く多性からの性暴力、搾取の被害が顕著であった。
また発情期などの体質が社会進出や復帰に大きな影を落とした。
第二の性は、構造的に性的弱者を作り出す結果にしかならなかった。
人口増加を促進するためのプログラムが暴走していくのを、誰も制御できなかったのだ。
偉大なる統治者でさえ。
ティヘラスは絶句したままだが、構わずページを繰る。
「第二の性」誕生によって様々な制度や関連市場が生まれ、一時は人口回復の兆しすら見せ始めた。
一方、第二の性にまつわる諸問題は複雑化していく。
そこに気候変動と資源の不足、戦争の激化——
腐った木がゆっくり死んでいくのを見ているかのようだった。
地下シェルターが作られたのは、その頃だ。
オメガバース計画も、第二の性も、何もかもなかったことになって、地区の名前にその名残を見るのみとなった。
偉大なる統治者は全ての秘密を抱え込んで、地下に潜ったのだ。
同じ過ちを二度と繰り返さないために。
「それが、僕たちの居住地が隔てられている理由……」
情報の量と重さに思考がショートしそうだが、どれも思い当たることばかりだった。
地区の名前がそのまま第二の性を持つものの区分。
つまり僕は、Ω性を持つ人間なんだ。
あの時、α-β地区の人間に群がられたのは、僕の体から勝手に出ていたフェロモンのせい。
三ヶ月に一度あるあの最悪の苦しみの正体は、「原因不明の遺伝性疾患」などではない。
遺伝子にプログラムされた発情期。
「番」を求めてもだえる、僕の第二の性の叫び。
僕たちは何も知らぬまま、予め引き離されていた。
何も知らぬままこの秘密の代償を払わされていて……
「フィル?」
肩に添えられたティヘラスの手を振りほどく。
端正な顔が曇るのを見ると、なぜか自分も傷ついたような気持ちになる。
「番……番だって。まるで獣みたいじゃないか。
おまえと僕がああなったのは、ただ種に刻まれたプログラムのせいだ」
痛い。
自分で言った言葉に傷ついてりゃ世話ない。
獣や虫けらと一緒だ。
生殖……交尾に都合よくデザインされた体。
自分の何もかもが汚らわしい。
ティヘラスに対する温かな気持ちすらも、汚濁にまみれていくようだ。
同時にティヘラスから向けられる好意も、純粋に喜べなくなっていく自分がいる。
(違う、違う)
これがプログラムだと、運命だと、認めたくない自分が叫んでる。
でも、否定できない。
滅亡に至る経緯は何もかも合理的すぎて。
「フィル、それは違います」
「どうして言い切れる?
僕が周期的におかしくなるのはおまえたちα性を誘惑するために作られたからだ。もう今更必要ない機能なのに、こんなもの……」
こんなものが、僕の運命だったっていうのか。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
7 / 8