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8.風邪
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「は…ぁっ…はあ…はっ…ぁ」
俺は久々に高い熱を出した。翌朝を迎えてもまったく下がることのなかった熱に、翌日の会社はやむなく休み、新たな冷えピタをおでこに貼った俺はぐったりと屍のように再び自分のベッドの上に倒れ込んだ。
「遥」
「…はぁ、はあ……何でお前まだここにいるんだ、早く学校に行け…」
「僕は遥を見捨てて学校に行けません」
「…たかが熱で見捨ててってなんだよ…まるで戦場にでも放置されてる気分だな俺は…」
「こんな時に冗談言ってる場合ですか。」
「…誰が先に冗談言い始めたと思っ」
傍に寄ってきた雨依に布団をぐいっと首元まであげられた。
「…雨依」
「1日くらい学校は休んでも支障はありません。何より今大事なのは遥です。もっと自分の体を大切にしてください、…遥」
ほんの少し心配そうな顔つきをした雨依が、横になる俺のことを見下げ見つめている。…もしかしたら、雨依は始めから勘づいていたのかもしれない。俺たちが祖母の家を出て俺たちだけで暮らしていくことがどういうことなのか、始めから雨依は知っていたのかもしれない。
「39.3分。0.3度下がりましたね…」
「はは…」
俺の脇から体温計を引き抜いた雨依はそうぼそりと呟いて俺はそれに力なくわらった。体が鉛のように重い…。
「遥、何か栄養のつくものを作ってきます。それから、近くの薬局で薬をいくつか買ってきます」
「雨依、薬は…」
「大丈夫です。ちゃんとそんなに高くないものを買ってきますから。」
「…そうか」
「…買うなとは言わないで下さいよ。遥は、昔から僕にばかり金をかけて、自分のことには少しもお金をかけようとしないんですから。」
「…そんなことない」
ばれてたのか、…そんなことが雨依に。
「では、冷蔵庫の足らない物の買い出しも兼ねてまずは薬局に行ってきます。」
「ああ」
「寝てて下さいね」
バタン、部屋のドアがすぐに閉まったのがわかり、俺ははぁと熱い息を吐く。昔俺が熱を出した時も、こうして雨依はきびきびと動いていた気がする…。
俺があいつの親なのに、たまに俺は雨依に立場を逆転させられているような気分になる時がある。それはきっと雨依が自分よりずっと頼りになるから…。
俺はまだ、あの頃から何も…何一つ、…変わって…な………
ー
「動けますか?」
雨依がいつの間にか帰ってきていたようだ。
「…ああ動ける。おかえり雨依」
「ただいま帰りました、遥」
雨依に体を支えられながら俺は上半身をベッドから起こす。
「これ、お粥です。」
「…美味しそう」
「そうですか?それは良かったです。ほうれん草やネギも入れてあります。あと遥の好きな卵も」
にこ、とほんのり笑う雨依。それを見て、ああ、俺はなんて幸せ者なんだ。そう心の底から思う。
「食べさせてくれるのか?」
「…遥がして欲しいならしますが。してあげましょうか?」
そう尋ねる雨依は既にスプーンを手にしている。俺はふ、とそれに笑った。
「…じゃあ、お願いしようかな」
それからしばらく、お粥を食べ後に薬を飲んだ俺は、長い間眠っていたようだ。
…雨依は。
「…遥、目が覚めましたか?」
すると、もぞ、と視界の隅で体を起こす雨依の姿が見えた。
「雨依、ずっと傍に付いててくれてたのか?」
雨依は軽く目を擦ると、眠そうだった目をぱっちりとさせてから俺の方を見た。
「はい。遥は風邪の時は寂しんぼうなので、僕が少しでも離れると寂しがると思って」
眉を下げて笑むあたたかい眼差しを俺に向けてくる雨依に、俺は何か胸から込み上げてくるものを感じる。…そうか。風邪だから、俺は今こんなことを思うのか。
「遥?」
そっと雨依の頬に手を伸ばす。そのまま指で雨依の頬の肌を撫でると、雨依は静かに目を閉じる。
「…雨依の髪は本当に綺麗だな。窓から入ってきてる陽の光に反射してキラキラ輝いている」
「遥がそうやって褒めてくれるからこそ、僕はこの髪を好きだと感じています。この青い特殊な瞳も、遥が綺麗だと言ってくれたから愛せています。」
「…そんなの、誰が見たって皆そう言うよ。」
すると雨依がそっと閉じた瞳を開けた。透き通るように青い宝石のような瞳が、俺を捉えて離さない。窓から差す陽の光が、より一層雨依の美しさを際立たせていた。それは美しく、だからこその儚さも感じられる。綺麗すぎて…そう、まるで俺たちとおなじ人ではないような感覚に陥りそうになるー
「雨依」
約15年前、俺は君を拾った。
「はい遥」
君は随分大きく成長した。俺の背を越し、俺と言い合いをして喧嘩をするほどにはー。
どれが親子の形かなんて何も分からないけれど、俺は確かに君との間に深い絆を感じている。君の存在がもしこの世に相応しくないものだとしても、この世でただ1人、俺だけはこの命絶たれる時まで、君はこの世に必要だと叫ぼう。俺にとって君は必要なのだ…と。
「もっと近くにおいで、…雨依」
雨依はそう話す俺の顔を見てほんの少し瞳を一層大きくさせる。
雨依は俺の顔近くまで頭を寄せて俺に寄り添った。俺は雨依のさらさらの髪を撫でる。あたたかい…君の体温を俺はこの手にまだ感じていたい。君が人であるという証を、俺はまだ触れていたい。
気だるかった体も徐々になくなり、熱もだんだんと引いてきた。さあ、君の為に俺はまた明日から懸命に生きていこう。俺はまだ、まだ、君の為に死ぬことは到底できないのだから…ー。
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