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10.夏祭り
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「遥、何やら今夜は外の様子が騒がしいですね」
「ん?ああ。今夜は近くで祭りがあるらしいからなあ」
「祭り」
すると、窓を開けて外の様子を見ていた雨依の表情がほんの少しだけ興味を示すようにぴくりと動いたのを俺は見逃さない。
「…行きたいか?祭り」
ふ、と軽く笑みながら雨依を見る。
「行きたいとは言っていません」
ふい、と俺から顔を背ける雨依に俺は眉を下げる。
「ごめんごめん、本当は最初から行こうと思ってたんだよ。」
「え?」
「…行こうか?久しぶりに。雨依」
ー
「遥、ここに変なお面が。」
「うん?ああ、それは天狗だな」
「天狗」
「欲しいなら買ってやるけど?」
「いいです、別にこんな変なお面は僕はいりません。」
「ておいっ、お前そんなこと言ったら店の人に失礼…」
「僕は、遥の買ってくれたこのポテトだけで十分です。」
すると、そうふと真面目な顔をして言った雨依の発言に俺は目を丸くさせた。
「遥、あっちの方にも行ってみましょう。」
「えっ」
俺の手を引き、人混みの中をスタスタとかき分け歩いていく雨依。周りの皆が、美しく成長した雨依の姿を見ている。
「やだっあの人誰?モデルかな」
「綺麗な青い瞳〜〜っ」
…雨依…
…いつかお前は、俺でない俺以上に大切な人を見つけ、俺の元を去ってしまうのかな。それが来るのは、もしかしたらもっと早い時期なのか?俺はそれを、受け入れることができるのか…?雨依の為を思って…ちゃんと…ー
「雨依」
俺は俺の手を引いて歩く雨依を呼び止めた。立ち止まり、こちらを振り向く、すっかり大人びた顔をするようになった雨依の頬に手を添えて俺は微笑む。
「なに子どもが親に気使ってんだ?」
「僕は」
「ポテトだけでいいだぁ?思春期真っ盛りの年頃のお前がそんな量で満足できるわけねえだろうが」
「満足できます。」
「アホか。あのな、俺をあんまし甘く見んな」
こちらを見る雨依に眉をひそめて見てから俺はふう、と軽く息を吐く。
「確かに金銭的にそんなに余裕はないが、毎食満足出来ないご飯の量食うほどひもじい生活を送ってるわけじゃねえ。」
「…はい。」
「それにな雨依、もし仮にそういう状況になったとしても、こんなふうに俺に遠慮なんか絶対するな。」
「…何故ですか?僕は遥の負担には絶対になりたくないです。それなのに、どうして?」
意味が分からない、そんな顔をする雨依に俺は笑って言った。
「決まってるだろう。雨依は、この世でたった1人、…俺にとって他の何にも変えられない、自分の命よりも大切な子だからさ…。」
それから雨依はどこか納得していない顔をしながらも、俺の買った焼きそばやらたこ焼きを食べた。
「かき氷も食べるか?雨依」
「…遥。これ以上食べたら、僕は食べ過ぎでお腹を壊してしまいます。言っておきますが、これは遠慮ではありません。」
「はは、怒ってるのか?雨依。ごめん、お前と夏祭りに来られることが、俺嬉しくて」
「僕も大概遥のことが心底好きですが、遥もかなりの親バカですよね。」
「うるっせぇ」
「それに、別に祭りはこれが来るのが初めてではないじゃないですか。」
少々眉を寄せた雨依がそう言いながら俺の買ったジュースを飲む。
ま、それもそうなんだけどな…。俺はひとり、雨依の斜め横の椅子に腰掛けながら薄らと笑む。
だけどこうして、当たり前を雨依と過ごせる時間が俺には嬉しい。だって、お前がまだ子どもなうちは、俺がたっぷりお前を甘やかして、お前と一緒にいることができるから。この時間を、俺は大事にしていたい…。
「遥」
「なに?」
「僕にこれだけ与えといて、遥は自分のもの何も買ってないじゃないですか。」
「そんな事ない。雨依どうせそれ全部食べ切れないだろう。だから俺は雨依のその余りでいいよ」
「…遥」
「ん?」
「これだけは覚えておいて下さい。遥が僕を大事だと思ってるように、僕も遥がこの世で1番大切なことを…。」
どこか悔いた顔をしている雨依の表情は切なげとも見える。
「ばーか、とっとと食えよ。」
雨依の金髪をくしゃくしゃと撫でると、それでもやはり雨依の顔は納得していない。俺はそれに苦笑しながら、ふっと、夜空を見上げて言った。
「…ほら、雨依。もうすぐ花火が上がるぞ。」
来年、再来年、もしかしたら、お前の隣にこうしているのは、俺ではない別の人かもしれない。
「綺麗ですね、遥。」
「そうだな」
…もし、その時が来ても、俺は家の中で1人、この花火を…今のように、心穏やかに見ていることができるだろうか?何よりも大切なお前のことを、俺は簡単に手放せるだろうか…?
「遥?」
「なんだ」
「いえ、…表情が悲しそうに見えたので」
「何でだよ。こんなに綺麗なのに」
「そう、ですね。」
そう言って再び夜空を見上げた雨依の横顔を、俺はこの目に焼き付けるように見つめていた。
……大丈夫。何が悲しいっていうんだ、何故こんなにも泣きたい気持ちになる。俺はきっと、笑える。そうでなければ…。
お前が俺の傍から離れる時。それは、親にとってきっと、これ以上にない喜びのはず、…なのだから…ーー。
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