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静まり返った2人きりの空間で、
俺達はしばらく互いの目だけを見続けた。
睨み合っていると言った方が正しいかもしれない。
それくらいの、張りつめた空気だ。
「……もう一度言ってみろ。」
「…………アリスさんと番になりました。」
目は離さない。
声が震えないよう、しっかり腹に力を入れて
ゆっくりと答えた。
「Ωが大半を占めるウチで、βとして働きたい。
自分が取り乱すことは無い。面接でそう言ったろ。
自分で言った事も忘れたのか。」
「…覚えています。」
「だったら何だ。エースのフェロモンに当てられて頭がバカになったとでも?」
「……そうでは、なくて。」
「ならどうしたってんだ!お前アリスがいくら稼いでるか知ってんのか!……お前が野垂れ死にそうになっていた時も、この店繋いだのは他でもないアリスなんだぞ!」
勿論、わかっている。
いくら詳細までを知らないとはいえ、
アリスさんがどれだけの客から求められ、
どれだけ身体を駆使してきたか。
専属でもないのに毎日、それも何度も
アリスさんを乗せてそこかしこに足を運んでいる身なのだから、予想なんて簡単につく。
店長の言っている事はもっともだった。
「今、自分が生きているのはアリスさんのお陰です。
あの噂が本当なのか、たまたま俺が免疫を持っていたのかはわかりませんが……、少なくとも俺はアリスさんを愛していたんです。」
あの事件があって、
身をもって知ったアリスさんへの大き過ぎる気持ち。
送迎の度、仕事だと割り切った振りをして押し殺してきた
窮屈さや悔しさを入り混ぜた感情。
それがこれからアリスさんの手によって快楽を得る
客への嫉妬だと気がついたのも
また、つい最近の事だ。
「百歩譲ってアリスの引退は認めるとして、
この先お前はどうするつもりだ。
…考え無しに番ったなんて、お前らしくないよなぁ?」
本能だの、運命だの、
そんな言葉にすれば軽々しい言い訳が通用しない事は心得ている。
それもβの店長からしてみれば、
身体の全てでアリスさんを欲するような、遺伝子レベルで惹かれ合うαとΩの繋がりなど
それこそ御伽噺である他ない。
頭の弱い人間だと見限られて終わりだ。
だったら。
「…今日限りで俺を解雇──…。」
「おーいおい勘弁してくれよ。お前一人の給料でアリスの稼ぎ賄えると思ってんのか?この世の中甘く見てんじゃねえぞ。」
「っ、」
食い気味で返されたその言葉にぐうの音も出ない。
何十万、何百万をも一月に売り上げる不動のエース。
アリスさんを数値化するのは気が引けるが、
それだけの価値のある存在だったんだ。
たかが黒服の俺1人では、
到底庇いきれる損失ではないという事。
「……れが…………ります…。」
「あぁ?」
「俺がそっち側に…移ります。」
自棄とはこういう事を言うんだろう。
震える手、足、声。
その全てを隠す事はもう不可能だった。
「……言ったな。」
それでも、俺は
アリスさんを愛した。
愛している。
彼を愛した故の苦しみならば、
きっとそれすら愛おしいと
そう思える日がいつか、きっと。
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