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「リシェ、最近何かしてるのか?」
「え」
夕食中、不思議そうなアーヴィング様に尋ねられた。
「このところ疲れているようだからな。
部屋の外には出てない様子だが、前より早く眠りにつくからどうしたのかと」
「いえっ、なにも……前に医師から運動に関して注意をされたので、自分に合う運動量を探してて」
「成る程、なら最近のものは適してないな。もっと量を減らすか軽いものにしたほうがいい。
ベッドに入ってすぐ寝られてしまうと、俺もおちおち襲うことができないからな」
「ぁ、その…はぃ……っ」
赤くなる僕にニヤリと笑われる。
こういった話にはまだ慣れなくて、発情以外で身体を繋げる際にもつい緊張してしまっている。
(うぁぁ、恥ずかしい……!)
ロカ様は慣れてるのかな? こういう話は普通にしてる?
今度聞きに行ってみようか……
「そうだリシェ。前に訓練場へ来ようとしてただろう」
「? はい」
「良ければ明日、一緒に行くか?」
「ーーぇ」
ふわふわしてた思考が、停止した。
「兵士たちが君を心配していてな。
この前訓練場の近くで倒れたのもあってか、〝見舞いがしたい〟と声をかけられることが多くなった。
あれ以来特に問題なく過ごせているようだし、運動がてら覗きに来ないか? 気分転換にもなるだろう。
あいつらも、君が前みたく訪ねたほうが喜ぶだろうからな」
柔らかく訊いてくれる、低い声。
決して無理強いではなく「君さえ良ければでいい」という気遣いの入ったもので、優しくて優しくて泣きそうきなる。
(行き、たい……っ)
会いに、行きたい。
大好きな場所で、大好きな人たちと会いたい。
前みたいに急に訪ねて驚かせたり、話をして笑ったり、訓練してる姿を眺めたり。
でも、僕はーー
「……っ、ぁ…の………」
嗚呼、どうしよう? 泣きそうだ。
いま声を発したら震えたものになりそうで、グッと奥歯に力を込める。
剣がまだ怖い。兵士や、鎧が怖い。
それを知られたら、きっと心配している人たちを悲しませることになる。
アーヴィング様もこんなに心を砕いてくれてるのに、それを裏切るような行為だ。
(〜〜っ、)
泣くな、泣くな。
ここで泣いたら全部水の泡になる。
だから耐えろ。
深呼吸して冷静に……
「……リシェ?」
目を閉じて深く息を吸う僕に、不思議そうな顔。
それに「ふふふ」と笑いながら、一気に思考を早めていく。
アーヴィング様の誘いを断る理由が、無い。
「行こうとして行けてない」「運動がてら」「気分転換」
全て僕のためを思っての行為だ。
それを断るのなら、ちゃんとした何か〝理由〟がいる。
でもその理由は言えないし、取り繕っても変にボロが出るだけ。
大体、僕が訓練場や兵士たちのことを気に入ってることをアーヴィング様も知っている。
それを違和感なく断るというのは、とても 難しい……
「わかりました、行きます」
コクリと頷くと、安心したように微笑んでくれた。
(大丈夫)
昨日は、なんと鎧の頭を被った。
震えてはいたけど、でもちゃんと鎧の中で呼吸ができて。
多分、初めに比べると大分鎧に対しての恐怖が薄れてきてるんだと思う。
手や脚、胴にも問題なく触れるようになった。
剣にはまだ触れない。
けど、直視することはできるようになった。
(訓練場では触ることはないし、眺めるだけだから)
動いたりぶつかり合ったりはしているだろうが、きっと大丈夫のはず。
万が一異常が出てきたら、直ぐにその場を去ろう。
これが、誰にも怪しまれず誰も傷つけない1番の選択だと思う。
「では、明日の朝は一緒に出ようか」と話すアーヴィング様に相槌をうちながら
テーブルの下で、震える拳を握りしめた。
***
「リシェ様!? おはようございます!」
「え、リシェ様!?」
「うわ本当だ、団長連れてきてくださったんですか!?」
朝
アーヴィング様と共に訓練場へ行くと、既に準備をしている兵士たちがいた。
「おはようございますっ、お久しぶりです」
「久しぶりですね!もう体調は大丈夫ですか?」
「はいっ、ご心配おかけしました」
「いやいや良かったです!この前は直ぐそこで倒れたって聞いて、俺たち本当心配してて……」
「ふふ、本当に大丈夫ですので。
あ、差し入れ持ってきたんです、心配させてしまったお詫びも兼ねて。また休憩の時にでも食べてください」
近寄ってくれた兵士ひとりひとりと話をし、笑顔で接する。
(大丈夫、大丈夫)
ちらほら既に鎧を着けてる者もいるけど、ちゃんと話ができている。
アーヴィング様は初めは僕の様子を見てたけど、すぐに準備のためこの場を離れた。
それに習い他の兵士たちも準備に戻ったり持ち場へ行ったりしていて。
僕も、以前の定位置である場所に座ろうと歩いた。
(……うん、問題なさそうだ)
日は高く登り、間も無く昼の時間帯。
元々昼くらいまでかなと思ってたので、そろそろ去ろうと立ち上がる。
剣同士のぶつかる音、動く度鎧が擦れるガシャガシャした音。
全て、なんとか耐えることができた。
(これなら誰にもバレずに克服できるかも)
これからは、一歩進んで毎日訓練場を覗かせてもらおうか。
実際に動いてるのを見てたほうが、早く慣れそうだしーー
「……ん?」
ぶつかり稽古をしてる場所から、すごい歓声が聞こえる。
見ると、よほど接戦なのか互いに剣を振るう兵士がいた。
昼ということもあり他の訓練をしていた者たちも休憩で戻ってくる中、勝敗をつけたいと手を止めることなく戦いあっている。
(剣先が見えないくらい速いな……)
段々と兵士たちが周りに集まっていくのを、僕も足を止め離れたとこから眺めていて。
目を逸らすことができない試合。
どちらも剣の腕が高いのか、一歩も譲ってない。
ガキ…ガキン……!!
一撃一撃も重いのか、相当鈍い音が響き渡る。
緊張感のようなものが伝わって、僕も必死に2人の動きを追って。
そしてーー
「ーーーーぁ」
片方の兵士が、胴を刺すかのように剣を前に突き出した。
それをギリギリのところで相手の兵士が避け、剣は胴の横を掠っていく。
だが、僕の位置から見たそれは、確かに胴を貫いたかのような角度で。
「ぁ…あ……ぁっ」
視界の中で、刺された兵士と過去の自分が重なる。
ぶわりと汗が浮かび身体がガクガク震えはじめ、思わず両手で自分を抱きしめた。
(大丈夫、大丈夫、落ち着いて)
あれは兵士。僕じゃない。
しかもぶつかり稽古のただの訓練だ。誰も死んでない、怪我もしてない。だからーー
「っ、ぁ……は、」
呼吸がしづらくなってきて、じんわり涙がにじむ。
頭でわかってるはずなのに、身体が全然言うことを聞いてくれない。
どう、しよう。
これ以上酷くなる前にこの場を去らないと。
兵士やアーヴィング様に見つかる前に、早くーー
「リシェ?」
「っ、」
浅い呼吸を繰り返す僕の背後にかけられた、声。
「リシェ、そんなに背中を丸めてどうしたんだ。
具合でも悪いのか?」
(ぁ、うそ)
「きつそうだな。医務室へ連れて行こう。顔を上げられるか」
(待っ、て…お願い……待っ)
突然のことに頭が真っ白になる。
息はヒクリと止まり、もう吐くことも吸うこともできない。
どうか待ってアーヴィング様、今は駄目だ。
お願いだからやめて、近づかないで。
(やめ……っ)
固まりきった僕の肩に大きな手が乗せられ、ゆっくり振り向かされる。
その先に、ある顔はーー
「ぁ、あぁ……ぁ、
ーーーーいやあぁぁあぁぁ!!」
「っ、リシェ!?」
顔を凝視しながら暴れ出した僕に、慌てるアーヴィング様。
落ち着け…落ち着け……!
目の前にいるのは僕の番だ、アーヴィング様だ!
なのに、首から下が鎧で覆われている所為か別の者に見えてしまう。
別の……あの時の…兵士の……
「あ、ぁあ…ぁ、かはっ、つ……!」
「リシェ!」
喉が嫌な音を立てて、息が詰まり崩れるように膝をつく。
恐ろしく震える身体と、忙しなくちらつくあの瞬間の映像と、全てがグチャグチャになって迫りくる吐き気に口元を覆う。
「リシェ様!!」
「団長、これは一体!?」
「わからん…昼の休憩に戻った時はもうこの状態で……
誰か、この辺りで訓練していた奴で知る者はいないか!」
「わ、かりません…」「ただ前と同じように俺たちを眺めている様子で……」
「……チッ、くそっ!」
あぁ、どうしよう。
この様子に、心配して兵士が集まってくるのがわかる。
えずく僕の背中をさすりながら、共に地面へ膝をつき支えてくれるアーヴィング様の腕。
(駄目だ、駄目だ)
視線の先の地面があの時会議のあった部屋の床に見える中、なんとか必死に口を開いた。
「ぁのっ、だい、じょうぶなので……っ」
情けなく震える声。全然大丈夫に聞こえない。
でも、それでもバレるのだけは嫌だから、絶対この人たちを傷つけたくない、から。
「ほんとに…大丈夫、だから……も、離れて…」
「そんなっ、見るからに駄目ですって!」
「そうですよ、医師を呼びますか? もう少し耐えられます?」
「リシェ様、地面に付かず俺の肩に手を……」
「ーーっ、ひ!!」
バシッ!
(ぁ………)
ハッと顔を上げた先。
視界の中で、僕に力強く払われ宙を舞う手と、呆然としている兵士たちの顔が ーー見えた。
「ぁ……ぁ…あぁ……」
「リ、シェ……まさか、君は………」
隣を見ると、目を見開きながらこちらを凝視するアーヴィング様。
「っ、ちが、」
違う、違うんです。
こんなのなんでもない、ただの冗談。
ちょっと驚かせようとしただけで、でも強く叩きすぎてしまっただけで
だから、
(そんな顔、しないで)
「リシェ…リシェ落ちつけ」
「ぃ、いや、ちがう……こんなのは、ちがっ、うんです、ちがっ」
「ーーリシェ!」
たくさんの兵士たちの目と、アーヴィング様の目と
全ての視線が 僕へと向けられていて。
(嗚呼)
涙が溢れる中、震えながら 必死に何度も何度も否定することしか……できなかった。
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