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【side: リシェ】
ーー状況が、理解できない。
背後から何者かに腕を回され、人質のように立たされている。
いきなり侵入してきたその者は、僕を捕らえた途端ひらりと窓から地面へ飛んだ。
身体能力が高いのか、難なく着地して。
だが、硝子の割れる音や着地した時の音ですぐに兵士が気付き、追われて中庭までやってきた。
追ってくる兵士の数はどんどん増える一方。これからもっと増えていくだろう。
でも今は、それどころじゃなくて……
(落ち、ついて…っ)
浅くなる呼吸、震える身体。
自分を捕まえてる者の着ている鎧の感触が冷たくて、どんどん体温が奪われていく。
駄目だ、僕がいる限り兵士たちは攻撃ができない。
何とか隙を作って、この腕から逃げ出さないといけないのに……
ボソッ
「お前、王妃ではないな?」
「っ、ぇ、や……!」
「あぁ、腹が出てないな。
俺のほうはハズレだったというわけだ」
確かめるよう撫でられる腹に、全身の毛がゾワリとよだつ。番ではない者に身体を触れられ、すぐに拒否反応が出た。
(嫌だ…嫌だ……!)
「おっ…と、暴れんなよ。
なぁ、俺たちは今回王妃を殺す目的で来たんだ。ある国から多額の金を貰ってな? だが、実際手を下すのは俺と俺の部下ひとり。後の奴らは手を出したくないと穏便に済ませて帰っちまった。まったく酷い話だと思わねぇ?
ーーだからさ、ちょっとお前使わせてくれよ」
「ぇ……? ひっ!」
「お前Ωだろ? 貴重だよなぁ充分交渉に使える。
帰る手段がない分、俺はお前使ってこっから逃げさせてもらおうか。あっちはあっちで任務終わったらどうにかすんだろ」
駄目だ、ロカ様も危険だ。この者みたいに身体能力の高い奴が襲いに行ってる。
小声で語られることを、対峙してる兵士たちに伝えねばと口を開く。
ーーだが、
「ぁ……は、っ…ぅ……」
「リシェ様!!」
首へ突きつけられた剣に頭が真っ白になり、呻き声しか出てこない。
「お前ら聞けぇ!
一歩でも動けばこのΩの首を切り落とす、その場から動くな!!」
じりじりと近づいていた兵士たちに恐喝し、一歩後ろへ下がった。
剣が、直ぐそこにある。
自分の首を落とそうと、構えられている。
日の光に照らされて鈍く光るそれは、少しでも動けば簡単に傷つけられてしまいそうでーー
「ぅ、ぐ、おえっ、ぇ……」
「っ、リシェ様!」
朝食べたものが逆流し、回されている腕や自分の服を汚してしまった。
「うわっ、汚ぇ……チッ、吐くなら吐くって言えよ、かかっちまっただろうが!」
「貴様ぁ!それ以上の言葉を言うな、その口切り裂いてくれる!」
「リシェ様を離せ!!」
「あぁ? んなことするわけねぇだろう頭沸いてんのか? はははっ!」
頭上で浴びせられる罵声をぼやけた脳で聞きながら、気を失わないようなんとか踏ん張る。
「か、はっ……ヒュ…ヒュ……っ」
口から漏れる呼吸の音が、明らかにおかしい。
吐いたせいで出る涙に視界が歪む。
だが、ガンガン痛む頭からは必死に〝違う〟と声があがっていて。
ーー違う。
この国の兵は、そんな雑な言葉を使わない。
こんな乱暴なことはしないし、いつもいつも優しく守ってくれている。
その暖かい視線や気遣いは、分厚い〝鎧〟からも 滲みでるほどで……
「っ、」
(そう、だ。彼らは)
彼らは、誇り高きセグラドルの兵士。
志や闘気は、この国を守るため必死に磨かれてきたもの。
その真っ直ぐな想いは、心根は……
ーーそのまま〝剣〟へ、表れている。
「ーーーーっ!」
ハッと顔を上げると、こちらへ向けられているいくつもの剣。
だが、向けられてるのは僕じゃない。この者だ。
その剣先からは「助けたい」という意思と一瞬の隙も逃さないという気迫が。
そして鎧からは、怒りと、僕への心配が滲み出ている。
(嗚呼…嗚呼……っ)
僕は、彼らの何を恐れていたんだろう。
過去を重ねて怖いと怯えて、ちっとも彼らを見てなかった。
今、僕が怖がることを知っていて心を鬼にし剣を向けるこの人たちは、過去のあの兵士とは〝違う〟。
僕を刺した無機質な剣とは違う、暖かい剣を持っている。
(アー、ヴィング…様……!)
彼らを指導するアーヴィング様だってそう、全然違う。
あの棚の中からは、いつだってアーヴィング様の匂いがしていた。
よく手入れされてる剣も、被った鎧の頭の中も、飾られているひとつひとつの勲章も。
全部、大好きな匂いで満ち溢れていた。
そんな貴方の戦う姿は、決して怖くない。
例えその手が鎧に包まれていても、剣を握っていたとしても
ーー貴方なら、〝怖くはない〟。
「っ!!」
「うおっ!?」
大人しかった人質がいきなり暴れ出し、慌ててこちらを見てくる。
(僕は、帰るんだ……!)
あの腕の中へ、あの優しい人たちの元へ。
絶対にーー
「…へぇ、なんだお前よく見たら綺麗な顔してんじゃん。
成る程、こりゃ兵士たちが怒んのもわかるなぁ」
ガシッと顎を掴まれ、顔ごと無理やり向かされた。
「吐いてんのは最悪だけどまぁ関係ねぇ。
こんなに綺麗なΩもなかなか珍しいな、このまま攫ってくか。番っているようだが、そういうお手つきが欲しい奴らも世の中にはいっぱいいんだ。
いいとこに売ってやるから、思いきり泣き叫びながら抱いてもらえよ」
「っ、下衆が……!」
「へぇ、元気出てきたじゃん。いいねぇ威勢がいい方が喜ばれるぜ?」
(くそっ!)
どれだけ暴れても、僕の細腕じゃどうにもならない。
でも絶対負けない。こんな奴に負けてたまるか。
兵士たちだって懸命に対峙している。なら、僕だって戦うんだ。
だって僕は、僕は
(この国の騎士団長の……
ーーアーヴィング様の、番なんだ!!)
「ーーーーその通りだ、リシェ」
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