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俺が彼にあったのは、地獄の底だった。
未だ発情期を迎えていないΩを集めて嬲るための、Ωの牢獄。
発情期を迎えれば、行く先は得体の知れない実験施設だ。
新薬の開発という名のもとに病に侵されて消されるか。防衛の強化という名のもとに兵器や毒薬の餌食となるか。
地獄の先に待つのも地獄だと、そうわかりきった状態で、俺たちは出会った。
嬲られ、踏みつけにされ。
理不尽の嵐が止んだ後に部屋を満たすのは、すすり泣きか、癇癪か、疲れ果てた末の沈黙。
『なぁ、お前なんていうの』
絶望とうめき声に満ちた世界で、理性的な声を聞いたのは、おそらくそれが初めてだった。
『……それ、聞いて何か意味あるのか』
この施設で、Ωなんて識別される必要もない。
親が与えたのか、戸籍上仕方なく与えられたのかは知らないが、辛うじて知る程度の名前を使う機会など、あるはずもなかった。
『アイツらに消せない自分を残しておきたいって、そう思わないか?』
他のΩたちよりはいささか大柄で、可愛らしいというよりは美しい相貌。
それでも周囲と変わらず嬲られている筈の彼は、それでもただ一人強くまっすぐに背筋を伸ばしてそこにいた。
『…どうして俺なんだ?』
『共感してくれそうだと思ったから』
要するに直観だと朗らかに笑った、その表情に息を呑む。
こんな昏い場所で笑顔を見たのもまた、初めてだった。
そっと、唇に触れてみる。
言葉も思考も表情も、不要で
ただ玩具のように体を投げ出すことが、被害と苦痛を減らす唯一の手段だった。
だからだろうか。
鏡もないここでは視覚をつかって確かめることはできなかいが、指先でなぞったそこは、まっすぐに直線を描いている、気がする。
両の指でついと口角を挙げてみれば、目の前の彼の勝気そうな瞳がきらきらと輝いた。
『…ひろ、だ』
『!!ひろ、か。俺はとうり。よろしくな、ひろ』
きっと誰にとっても価値がなかったはずの俺の名前。それを聞いて、とうりは笑った。
まるで、大切な宝物を手に入れたかのように。
殴られて欠けた歯に、薄汚れた顔。
きている服はぼろぼろで、ろくに手入れもされない髪はかぴかぴに固まっていた。
そんな有様だというのに、とうりは他の誰よりもきれいに思えた。
どんな着飾ったαより、どんなに計算された笑顔より。
その薄汚れた笑顔が、一等輝いて見えたんだ。
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