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リバース
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各国が核兵器を使用した、人類史上、過去最悪と評された第四次世界大戦を経て、人々は戦争の爪痕と汚染された大地から逃れる為、地上を放棄した。生き残った人々は地下に巨大な6つのコロニーを建設し、その中で生活していた。
しかし、地球の環境汚染はついに人間の細胞レベルにまで及んでいた。徐々に出生率は低下し、ついに女が一人も生まれなくなった。だが、人類は滅びを辛うじて免れていた。
特に環境汚染による人体への被害・影響は甚大で、同性間の性行為でも妊娠・出産が可能な体──即ち、Ωと呼ばれる新人類が誕生したのだ。
このΩという新たな種の誕生は、新たな火種となった。Ωが生まれる確率は、全人類の総人口1パーセントにも満たなかったのだ。
性別という垣根を越えた完全な人間としてΩを崇拝する者、希少種として見世物にしたり、囲ったりしようとする者、Ωを誘拐し産ませる為の道具として売り捌く者まで現れた。
これらの行為に危機感を抱いたのは、永劫的な人類存続を目的とした多国籍機関・セラフィムだった。セラフィムはΩを保護対象とする事を提案、6つの各コロニーの代表者が集まるコロニー会議にて、この提案は可決・承認された。
そしてΩを発見・保護するという目的で、セラフィムは各コロニーに武装した専門チームを派遣していた。
人々は己の意思とは全く関係なく、遺伝子検査と適性診断により居住区を定められていた。
能力のポテンシャルが高い者をαと呼称し、主に政治家や競技者、企業の経営者等が多く、彼等は第1コロニーで暮らしていた。
そして、検査と診断の結果、平均的なポテンシャルと診断された者はβと呼称されるようになる。人口比率に占める率は最多で、彼等の居住区は第2コロニーから第5コロニーまでと定められていた。その中範囲内であるなら、βは好きに居住場所を移動できた。
──6つあるコロニーの中で唯一、遺伝子検査も適性診断も一切行わないコロニーがある。それが無法地帯と呼ばれる第6コロニーだ。
カジノや風俗等、歓楽街特化型のコロニーで、第6コロニーは一つの巨大な街として認識されていた。一応、最低限の法律はあるものの、刃傷沙汰は日常茶飯事。何が起きても、基本的には法律にさえ触れなければ何をしても自由だが、何をしても自己責任になる。信じられるのは己のみ。騙すより、騙される方が悪いと非難される、そんな場所。
しかし、治安最悪の第6コロニーは、他のどのコロニーよりも活気がある街だった。
──これは、そんな第6コロニーで暮らす二人の青年の物語。
「彼はこちらで保護する。こんな危険な場所に野放しになんて出来ない。忘れろ、とは言わない。だから、諦めろ」
眼前の男に叩きのめされ、床の上に倒れたレイジの口の中に銃口を捩じ込んだ男が、撃鉄を起こす。
「いや……やめて! レイジを殺さないでっ!」
エイトの悲痛な声がラボに木霊する。
「こらっ! 大人しくしろっ!」
特殊部隊の隊服に身を包んだ筋肉質の男が、エイトを後ろからヘッドロックする腕に力を込め、エイトの体を宙に持ち上げる。
「うっ……ぁっ」
足が完全に宙に浮いた状態で、ぎちぎちと男の腕が容赦なくエイトの頚部を圧迫する。消え入りそうな声と共に、エイトの唇の端から唾液が零れる。
「んぅっ!!」
銃口を口腔内に入れられたまま、無理矢理にでも起き上がろうとするレイジの肩を、銃を構えた男が踏みつける。
「ぐっ」
「はぁ……おい、あまり手荒にするんじゃない。それの扱いには気をつけろ。力加減を間違えて殺すなよ?」
「ハッ」
エイトの体は降ろされたが、男の腕が緩む事はなかった。
「レイジ。君はただ頷けばいい。そして、君の日常に戻ればいい……それとも、最後に遊んでやろうか? ついさっき、このラボから回収したばかりのリバースで」
ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべながらレイジを押さえつけている男が懐から取り出したのは、アンプルだった。
「君も、あの動画に映っていたαの男のように堕ちてみるかい?」
「っ!?」
アンプルを片手で開け、レイジを片足で踏みつけながら、その耳元で囁く。
──そして、レイジの視界は暗転した。
「レイジ……レイジってば!」
「んっ……エイト?」
少し離れた場所で男に捕まっていたエイトの声が、間近に聞こえてきた事を不思議に思いながら、レイジは目を覚ました。布団を勢いよく跳ねのけて体を起こし、エイトの服を捲り、エイトの体に外傷がないかを確認する。
「ちょっ!? なんなのイキナリ!」
「お前、どっか怪我してないか? 体、痛い所はないか?」
「ない、けど……?」
あまりにレイジが真剣な表情で聞いてくるので、レイジが起床時間になっても起きて来なかった事を怒りそびれてしまう。レイジに言おうとしていた小言は、どこかへと飛んで行ってしまった。
「そうか……ならいいんだ」
心から安堵したように、レイジは詰めていた息を静かに吐き出した。しかし、今度はエイトが心配そうにレイジの顔を覗き込む。
「大丈夫? 僕、水持ってこようか?」
「いや、いい……心配させて悪かったな」
「わっ」
くしゃくしゃとエイトの頭を撫でるレイジ。はぐらかされた気がしないでもないが、レイジがこんな風に自分の頭を撫でてくれる事自体が貴重な為、エイトは大人しく撫でられていた。
「朝食はテーブルの上に用意してあるから。そろそろ開店時間だから、僕は先に出るね」
ベッドの端に腰を下ろしていたエイトは立ち上がり、寝室の扉へと歩き出す。
「早いな。もうそんな時間か……気をつけろよ?」
「ふふっ。まぁ店っていっても、隣の部屋なんだけどね?」
エイトは空いていた隣室を借り、喫茶店を開いている。
「でも、ここは第6コロニーだからな。一応、この辺は中立エリアの居住区だけど、決して治安がいいとは言えないだろう? 気をつける越した事ねーよ」
「うん、ありがとう。行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
ばたんと寝室のドアが締まり、エイトの足音が部屋から遠ざかっていく。
「はぁ……ったく、ロクでもない夢だったな。アクション映画の見過ぎか?」
ベッドから降り、レイジは身支度を整える。しかし、悪夢の残滓は未だレイジの瞼の裏に焼き付いていた。
「アレが現実にならなきゃいいけどな」
ぽつりとささやかな願いを口にしながら、レイジは窓の向こうの、偽りの空を埋め尽くす、曇天を見上げた。
薄暗い部屋の中で、機械の修理音だけが響く。
「今、どんな感じ?」
懐中電灯で修理をする青年の手元を照らしながら、この部屋の住人・風間キリトが問い掛ける。
「もーちょい。この部品をつけて……っと。よっし! 修理完了!」
キリトに修理を頼まれたレイジが声高らかにそう宣言すると同時に、部屋中の家電全てが息を吹き返す。
「ありがとうレイジ! もうこの部屋には住めないかと思ったよ!」
「判った! 判ったから抱き着くなっ。鬱陶しい!」
抱き着くキリトを引き剥がし、距離を取るレイジ。
「ったく、街で人を見かけるなり『ねぇ。今、暇? 暇だよね? 家中の家電がダウンしてしまって大変なんだ。助けてくれ』って泣きつかれた時は、ウザすぎてぶっ飛ばそうかと思ったけどな」
「だって、ああでもしないと君、今すぐ修理してくれないでしょう?」
「修理の依頼ならメールでも受け付けてるっつーの」
「あはは。うちのパソコン、ネットに繋いでないんだ。情報漏洩とかが怖くてさぁー」
「ああ、そういえば、そうだったな……」
深い溜め息を吐きながら、レイジは改めてキリトの家の中を見回す。小説家をしているというキリトの部屋は、何世紀も前の日本家屋を思わせる。
畳に雪見障子、欄間に襖、果ては茶室まである。家電も部屋の雰囲気に合わせ、レトロなデザインの物が多い。
「はい、これ。レイジの好きなメーカーの缶コーヒー。前に安売りしていた時に買っておいたんだ。いつか渡せるかもしれないって思って」
「ああ、悪いな……っていうか、賞味期限大丈夫か? これ」
「大丈夫だよ。買ったの先月だしね」
「そっか……それじゃあ」
缶を開け、一気にコーヒーを飲み干したレイジは、あっという間に空になったコーヒー缶をテーブルの上に置く。
「なら、電話使えよ。流石に持ってるだろう?」
「僕の端末は業務用だから、私用に使うのもちょっとね。履歴が残っちゃうから、あとで怒鳴られるパターン」
「じゃあ、俺ん家に直接頼みに来ればいいだろ? ここからそう遠くないし」
「君の所には御空くんがいるだろう? 僕、馬に蹴られて死にたくないし」
「ばっ……かっ! 俺とエイトは、そういうんじゃねーよ」
「え? そうなの? ずっと同棲してるのに?」
「あれは同居だ! 同棲じゃない。それだと意味が違ってくるだろうが! ……ったく」
キリトの間違いを慌てて正すレイジ。
「あいつは友達だ。昔は今より体が弱かったし、親父である御空博士はあんな死に方したんだ。その上、家まで燃えちまって……困ってるダチは、支えてやるのは当然だろう?」
「ふーん。友達、ねぇ……」
「何だよ、その含みのある言い方は」
しかし、どれだけレイジが否定してもキリトはニヤニヤと人を小馬鹿にするような笑みを浮かべている。キリトのその表情に苛立ちを覚えたレイジはキリトの両頬を指で摘まみ、左右に引っ張る。
「いたたたた! ごめん、悪かったって!」
「あ? 聞こえねぇな?」
「もうからかったりしないから! 離して!」
「よし」
「ふぅ……もう、顔は止めて! 僕の綺麗な顔に傷が残ったらどうするのさ! せめてボディーにして。ボディーに!」
引っ張られた頬をさすりながら、物凄い剣幕で捲し立てるキリトに、レイジは疑問を投げかける。
「お前、モデルだったっけ?」
「小説家だよ!」
「顔、関係ねーじゃん」
「これは美意識の問題なの!」
「そうかよ……はぁ」
小言は充分だと言わんばかりにキリトに背を向けて玄関へと歩き出すレイジ。
「あっ。待ってレイジ。はい、これ。今回の修理代」
「毎度あり」
これ以上付き合いきれないと思いつつも、キリトから修理代を受け取って、その場で紙幣の数を数えるレイジ。すると、見積もった修理代金よりもお札が二枚、多い事に気づく。
「おい、キリト。数え間違えてるぞ? 二枚、札が多い」
「あれ? そうだった? ごめん、うっかり数え間違えちゃった」
「はぁ……ったく、気ぃつけろよ? ここじゃあ、相手に教えずネコババする奴とかもゴロゴロいるんだからな?」
「ご忠告ありがとう。そうだね……僕も色々、気をつけるよ」
「おう」
わざとらしく肩を竦めて、キリトはにこっとレイジに微笑んで背を向ける。
「今日は助かったよ。おかげ様で原稿、明日の締切に間に合いそう」
「そりゃあ良かった。家電や電気系統で困りの時は、またどうぞ。それじゃあ、俺はこれで」
「あっ、ちょっと待って」
レイジが帰ろうと玄関の扉のドアノブに手を掛けた矢先、不意にキリトに呼び止められる。
「何だよ。まだ何かあるのか?」
「あのさ、最近この辺で流行ってるらしいんだけどレイジは『リバース』って言葉、聞いた事ある?」
「っ!」
レイジの中で、今朝の悪夢が鮮明に蘇る。握りしめた拳の内側に、嫌な汗がじわりと滲む。胸中の動揺を隠すように、レイジは努めて明るく振る舞う。
「おいおい、俺はただの一般市民階級の修理屋だぞ? そんな薬の名前、知らねぇよ」
「そっか……次のノンフィクション小説の題材にしようかと思ったんだけどなぁ。残念」
がっくりと肩を落とすキリトに、レイジはそれとなく忠告する。
「悪い事は言わないから、ノンフィクションなんてやめとけよ。危ない橋を自分から渡る事ないだろ。ジャンルなら、他にいくらでもあるだろうに。お前、さっき色々気を付けるって言ったばっかりだろう?」
「ふふっ。ご忠告ありがとう。やっぱり君は、少しひねくれてるけど良い奴だね」
「お前、それ褒めてるのか? それとも喧嘩を売ってるのか?」
「あはは。まさか。僕がレイジに勝てるなんて、そんな……まぁ、狩りなら勝てるかもしれないけど」
「バーカ。ここには山も海もねぇっつーの。じゃあな」
バタン、とやや大きな音を立てて、キリトの家の扉が閉まり、レイジの足跡が遠ざかっていく。
「全く……嘘が下手だね、レイジは。瞳孔にも声音にも反応が出るなんて。まぁ、判り易くてこっちとしては助かるけど。俺から言わせれば、君の方が余程危なっかしい」
クスクスと笑いながら、キリトはレイジがいなくなった部屋でスマートフォンを取り出す。
「デュナミス、ロック解除。俺の部隊全員に招集をかけろ。リバースの尻尾を掴んだとな」
『声紋認証クリア。端末のロックを解除。アクセス権限を確認。命令を実行します』
キリトの声で起動した端末から、一斉にメールが送信される。
「さて、レイジ。お前は白と黒……どちらかな?」
まるで品定めをするように、キリトはレイジが出て行った扉をしばらくみつめていた。
多くの飲食店が軒を連ねる華やかで煌びやかな表通りを抜けた先の角を曲がれば、無機質な無数のコロニーのライフラインを支えるパイプが幾重にも重なって、それが一面、壁のように高く聳え立つ。時折、蒸気を排出するパイプの森を抜けた先に、レイジとエイトが暮らす中立区域……居住エリアがある。
かつては大規模なコロニー開発に従事する作業員達用のマンションだったらしいが、今では棟の半数ほどが空室となっている。
マンションの自室に戻ろうとマンション入り口にある自動ドアを潜った時に、レイジの腹が盛大に鳴る。
「腹減ったな……そういえば、昼飯を買いに行く途中でキリトに捕まったんだっけか」
昼になり、たまには外食でもと思って街に出てすぐ、キリトに家電の修理をしてほしいと泣きつかれた事を思いだす。
「外に出たっていうのに、結局何も買わずに戻ってきちまったしな……はぁ。さて、どうするかな」
溜め息を吐きながら宙を仰ぎ、しばしその場に立ち尽くして思案するレイジ。空腹はやがて苛立ちへと変換される。
レイジの横を、マンションの奥から出てきた老夫婦が歩いて行く。擦れ違い様、彼等からの纏う香り高いコーヒーの匂いがレイジの鼻腔を掠める。
「まぁ、たまには運試しするのも悪くないか」
自分自身を納得させるように呟いて、レイジはマンション内のカフェへ向かう事にした。
マンション内の一室に、そのカフェはあった。
空のない地下コロニーで、本格的な空を体感できると巷で評判の「そらカフェ」。レイジの幼馴染・御空エイトが開いたカフェだ。
手先が器用なエイトは、マンションの一室を借りて、「そらカフェ」という小さなカフェを開いていた。店のメインはコーヒーと日替わりケーキ。それと、ごく稀に軽食がある。
店の扉を開ければ、扉につけられている小さなベルが揺れ、店内に来客を知らせる音が響く。
「よぉ」
「あっ、レイジ! おかえりなさい……じゃなかった。いらっしゃいませ」
「今日って軽食あるか? 甘くないやつ」
レイジの姿を見るなり、ぱぁっと顔を輝かせるエイトを見ると、少しだけ空腹による苛立ちが凪ぐ。
「あるよ。バジルチキンサンド」
「よし。じゃあ、それ2つとブラックコーヒー1つ」
「はい。少々お待ち下さい」
冷蔵庫から漬け込んである鶏肉を取り出し、フライパンで手際よく焼いていくエイトを横目に、レイジは窓を見つめる。
窓に映し出されているのは、真昼の少し白んだ青空と白い雲と雑多な街の景色だった。
現在の時間を反映した空を窓と天井に映し、外の景色と同化させる。それがこの空カフェの機械的な仕組みだ。設定次第では、雨の日の空、というのも可能だ。
もっとも、実際は地下コロニーに雨が降る事はないのだが。そういうリクエストも多々あるという。
窓を通して見る街は、世界大戦前の、テレビや教科書に載っている極東の国の、東京の新宿と呼ばれた繁華街を彷彿とさせる。治安こそ悪いが、人の活気に満ちた街を見下ろしながら、安堵の息を吐きだした。
第6コロニーには自由がある。それが多くのコロニーから人が移住してくる理由の一つだ。かつてレイジが第1コロニーにいた頃のような息苦しさも、ここでは感じない。きっとここは自分に合っているんだとさえ思っていた。
家出同然でかねてより折り合いが悪い両親の元を離れ、第6コロニーまでやってきた。そして、所持金も使い果たし、路地裏で行き倒れていた所を修理屋の老人に拾われた。
「ここでは、電子工学系の技術屋が重宝される。だが、それで食っていくには腕が必要だ」と老人は告げ、レイジは老人の弟子となった。
「お待たせしました。バジルチキンサンドとアイスコーヒーになります」
「ああ」
エイトがレイジのテーブルに皿を並べ終えた、その直後の事だった。店内にいた客のスマートフォンが一斉に鳴りだした。
「何だろう? 政府の緊急会見でも始まるのかな?」
「違うっ! これは……誰かが政府の緊急放送回線をハッキングしたんだ!」
懐からスマートフォンを取り出して、レイジは画面のロックを解除する。すると、そこには薄暗い部屋の中、ベルトで四肢を拘束された全裸の三十代くらいの男と、十代後半から二十代前半の、帽子を目深に被った四人の青年が映し出されていた。
「はーい! 全コロニーのみんな~、見てるぅ~?」
青年のテンションは高く、明らかに何かの薬物を服用している印象を受ける。
「これから、ちょーっと過激なショーを始めまーす! ヨロシクゥ~!」
カメラの位置を調整しながら、全裸の男をアップに映す。
「この人はぁ、俺達βをバカにしてぇ~こき使った挙句にポイするように俺らの首を切った悪い人……某大手機械メーカーの社長をしているαさんでーす」
「ふぐっ……んんっ!」
「今更謝っても遅ぇんだよ。屑がっ!」
「あは。何言ってっか、わかんねーし!」
猿轡をされた全裸の男の両脇に控えていた青年達が、男に殴る蹴るの暴行を加えて行く。
「えーと、ちょっと脱線しちゃたけど、今からこのリバースっていうお薬を使って、この人をメス堕ちさせたいと思いまーす」
仲間を止める事もせず、カメラの前に立つ青年はアンプルを取り出す。
「っ!」
リバースという単語を耳にした瞬間、レイジとエイトの表情は氷つく。
それは、かつて二人が御空博士の亡骸と共にこの世界から葬ったハズの薬の名前だった。
「結構、高かったけど……まぁ、復讐出来るんならいっか、って事で。早速、行ってみようか」
アンプルの先を折って、カメラを動かしていた青年が男へ近づく。床に這いつくばっていた男の上体を起こし、アンプルの中身を男の口に流し込む。
「それじゃあ、少々このままお待ち下さーい」
──変化は、すぐに現れた。
拘束された男の呼吸は荒く、局部が次第に固く反り上がっていく。頬は上気し、乳首も固く尖らせている。そして自分を暴行した青年達を求めるように腰を振り、身悶える姿が映し出される。
「うわぁ……匂い、やばっ。こいつ、俺ら相手に超発情してんじゃん」
「こんなぎちぎちに勃起させちゃってさぁっ!」
「んんんっ!」
青年にぐりぐりと性器を踏まれても、男の吐息にはどこか甘さが滲んていた。
「ココを踏まれて喜ぶとか、とんだ変態だよなぁ?」
「んんーっ!」
「あはっ。こいつ軽くイってやんの」
青年の下卑た嘲笑が室内に響く。
「はい。皆さーん、見てますか? 自分を誘拐して、全身をベルトで縛られた上に暴行されながらも、その相手に発情している変態さんの姿を」
唇の端から涎を零し、身悶える男の姿が映し出される。
「このお薬は~、αを一時的にΩ体質に変えられる、とーっても素敵なお薬なんですよぉ」
青年達はズボンを下ろし、性器を露出させる。そして発情した男の拘束を全て外した。
「ははっ。ほらぁ、これを突っ込んで欲しかったんだろう? おらっ!」
「ごふっ」
青年が自分の性器を男の口腔内に捩じ込む。
「犬みたいに這いつくばってキャンキャン鳴いてみろよ!」
「んぼぉっ!」
もう一人の青年が容赦なく男の菊花に性器を根元まで突き立てる。二人の青年はそれぞれ前後に腰を勢いよく打ち付け、男を嬲り続ける。男の体は嬲られているにも関わらず、何度も絶頂し、射精を繰り返す。
「おごっ、ふぉ……んおぉ!」
「ハハッ! すげぇな、α様。いつもの澄ました顔が涙と涎でぐちゃぐちゃだ」
「あー……締めつけハンパない。ケツマンコ気持ちいい……」
そして青年達は男の中にそれぞれ射精する。口からも尻からも自分の局部からも精液を零しながら、絶頂し、体を痙攣させ続け、弛緩しきった男の顔が映し出される。
「それじゃあ、いっときますか」
「そうだな」
男を犯す青年達が、男の体に噛みつくと、甲高い声を上げる。
「あひぃっ!」
「はい、あっという間にアヘ顔になりましたねぇ。メス堕ち完了です。この薬を投与されて、効果が出ている間に噛まれると、二度とαの体質に戻れないんですよ。一生、Ωの体になってしまうんですねー。怖いですねー。でも、面白いですよねぇ。普段の威厳とか、欠片もないですねぇ」
ニヤニヤと蔑視の眼差しを男に向けながら、カメラの青年は男を見て呟く。
「あはは。ざまぁ」
青年の最後の一言だけが、重く響いてすぐ、画面は砂嵐に切り替わる。
その直後、窓の向こうにある災害無線が鳴り響く。
「只今、全コロニーに向けて悪質な電波ジャックがありましたが、政府は既に回線を奪取し、問題は解決しました。繰り返します。只今、全コロニーに向けて悪質な電波ジャックがありましたが……」
だが、その機械的な音声が告げる内容を信じる者は一体何人いるだろう。
人々はスマートフォンを手に握りしめたまま、重く口を閉ざし俯いた。
──その日の夜。レイジとエイトは第6コロニーの外れにある森の中にいた。
かつてエイトとエイトの戸籍上の父親である御空博士が住んでいた小さな家を目指して歩いていた。迷わぬよう、離れるように手を繋いで。
「こうして手を繋いでると、昔を思い出すな」
「でも、お前にとっては辛い事だろう? 手、離そうか?」
「ううん、大丈夫。レイジと一緒に遊んだ楽しい記憶だから」
「そうか」
レイジの提案を拒み、微笑を浮かべるエイトの表情は、どこか硬い。今から向かう場所は、エイトにとっては辛い事の方が多かった事を知っているレイジは短く答える。
「お前は家にいても良かったのに……」
「そういう訳にはいかないよ。あの薬は、父さんが作ったものだから」
エイトの父親である御空博士は、家の地下でクローンを育て、薬の研究をしていた。そして、希少種として保護されるΩの数を人為的に増やせないかと、人知れず、人には言えぬ人体実験を繰り返しながら研究に明け暮れていた。
エイトは、博士が生み出した八番目のクローン体だ。長期間、ありとあらゆる薬を投与され続けた人体実験の被検体。
エイトの血液から作った薬こそ、αの性質をΩの性質に変える薬……「リバース」だった。
「今、こうして僕が生きているのは……レイジのおかげだよ?」
「……」
レイジは電子機器の計器の故障を修理する為に御空博士に呼ばれた。そして、エイトが過酷な人体実験を受けている姿を目の当たりにして、衝動的に博士を殺害し、地下にあった機械も資料も薬も全て、燃やし尽くした。
「あの日、薬は全て処分したハズだ。だが、あれは間違いなく博士が作った薬と同じ効果を持っていた」
「それだけ純度が高いのかもしれないね。放送では問題は解決したって言ってたけど……本当かな?」
「さぁな。だが、お前が罪の意識を抱く事はねぇよ。元はといえば、あの男の自業自得だろう。αには、ああいう人を人として見下して、こき使う奴が」
まだレイジが第1コロニーの実家で暮らしていた頃。両親はまるで自分達だけがこの世界で特別な存在であるかのように振る舞っていた。βの使用人を小馬鹿にし、その尊厳を踏みにじり、嘲笑する。そんな親の振る舞いに嫌気が差し、レイジは家を出た。自分はああはなるまいと。ここにいたら、自分もいつかあの嫌悪する両親のようになってしまうのではないかという恐怖から逃げるように、遠く離れたこの第6コロニーへやってきた。
「レイジ?」
エイトの声に現実に引き戻される。
「悪い……何でもない。急ぐぞ」
過去を振り払うように、レイジはエイトの手を強く握り直して夜の森の奥へと進んで行った。
かつて家があったその場所に立つ二人。燃え尽き、黒ずんだ木々が周囲にあるだけの場所を見て、二人は安堵の息を吐く。
「やっぱり……ここに何か残っていた訳じゃないんだ」
「うん。そうだよね……でも、それじゃあ、あの薬は一体どこから出たんだろう?」
「一先ず家に帰ろうぜ。いつまでもこんな場所に長居したってしかたねぇし……っ!!」
廃墟に背を向けた瞬間、レイジは背筋が凍りつくような人の視線を感じ、エイトの手を引いて全力で走りだす。
「ちょっ……レイジ?!」
「エイト、いいから全力で走れっ!」
躓いて転びそうになるエイトの手を引っ張り、一刻も早くこの場所からの離脱を試みる。
しかし、既に包囲されていた事に二人は気づかなかった。
暗闇の中から、何かが発射される音がすぐ間近に聞こえてきた。
「がっ!」
「レイジ!?」
レイジの脛に、衝撃と共に重く鈍い痛みが広がる。転びこそしなかったが、咄嗟にその場に蹲るレイジ。レイジの顔を心配そうにエイトが覗き込む。
「少し射撃の腕が落ちたかな? 心臓を狙ったつもりだったんだけど」
「お前っ……!」
暗闇から現れたのは、特殊なスーツに身を包んだキリトと、キリトと同じ特殊スーツを纏った筋肉質な男だった。
「こんばんわ。悪いけど、今日の昼からずっと君達を監視させてもらったよ。さっき君に撃ったのはゴム弾だから、心配しないで」
「……どういうつもりだ」
「保護しに来たんだよ。御空くんをね。──彼は、Ωだろう?」
「っ!」
「薬でΩの性質を押さえ込んでいるみたいだけど……ムダだよ。調べはついてる」
「ハッ! 小説家が自分の妄想に憑りつかれちゃお終いだな」
ゆっくりと立ち上がり、エイトを庇うようにキリトの前に立つ。
「残念。僕はこっちが本業なんだ。『セラフィム』って言えば、判るかな?」
「こんな辺境のコロニーまでΩ狩りかよ」
「狩りじゃない、保護だ。僕達は博士のような人体実験はしない」
声に明確な嫌悪感を滲ませ、エイトの言葉を正すキリト。
「けど、知ってるぜ。保護の名のもとに、あらゆる自由を奪われるって」
「性的搾取されるよりはマシだろう? 一生、何不自由なく暮らせるんだ」
「それじゃ牢獄と変わらないな」
「……それでも、彼は連れていく。少なくとも、第6コロニーにいるよりは安全だろう」
一瞬でエイトの背後に移動したキリトが、エイトの腕を掴む。
「嫌だっ……僕は行かない! ずっとレイジの傍にいる!」
キリトの手を振り払い、エイトはキリトを睨みつける。
「はぁ……仕方ないな。あまり手荒な真似はしたくなかったんだが」
キリトが指を鳴らすの同時に、筋肉質な男がエイトにヘッドロックを掛ける。
「あっ……ぐっ」
「エイト!」
「余所見したら危ないよ。ほら、こんな風に」
「うわっ!」
筋肉質の男に殴りかかろうとした一瞬の隙を突かれ、足をキリトに払われて背中を大地に強く打ち付ける。
「御空君、君が抵抗するなら、僕はレイジを殺すよ?」
銃の撃鉄を起こし、銃口をレイジの口の中に突っ込む。
「やめっ……レイジを殺さないで!」
「なら、僕達と来るんだ」
「んんっ!」
「こら、暴れるな。うっかり撃ってしまったらどうする」
銃口を口腔内に入れられたまま、無理矢理にでも起き上がろうとするレイジの肩を、銃を構えた男が踏みつける。
「ぐっ」
銃口を捩じ込まれながらも、レイジは「行くな」と首を横に振る。
「なら、せめてレイジと一緒に」
「それは無理だ。彼はαだ。Ωの施設に収容する事は出来ない」
「そんなっ! 僕は……これからもずっと、レイジと一緒にいたいのに」
ぽろぽろと、エイトの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「僕が今、こうして生きていられるのはレイジのおかげなのに。だから僕はっ!」
「がっ!」
筋肉質の男が腕に走った痛みに声を上げる。彼の腕にはくっきりと、エイトの歯形が残っていた。スーツには穴が開き、男の腕からは鮮血がぽたぽたと地面に滴り落ちる。
「このっ! 希少種とはいえ、人工生命体の分際で!」
「あうっ!」
腕を噛まれた怒りに任せ、筋肉質の男は反射的にエイトを突き飛ばす。エイトは勢いよく地面に叩きつけられる。エイトの唇の端から一筋の赤い血が滴る。
「おい、やめろ! Ω体を傷つけるな! 特にそいつは……」
キリトの注意が一瞬逸れた。その刹那の隙をつき、肩を踏みつけるキリトの片足を掴み、力一杯押し上げる。銃を持つキリトの手首に手刀を叩き込み、レイジは銃を奪いキリトに突きつける。
「余所見するなんて余裕だな」
「まさか、銃を取られるなんて思わなかったな。まぁ、銃火器なんて使わなくても、一般人を制圧するくらいは割と簡単に出来るけど……さて、どうしようかな?」
それでも尚、キリトは余裕の笑みを浮かべる。負け惜しみを言っているようには聞こえない、自信に満ちた声だ。
「ぐっ……あああっ!」
だが、その時……エイトに噛まれた男が突如苦しみだし、その場に膝から崩れ落ちる。男の呼吸が荒くなり、口から泡を吹きながら倒れた。体中の血管が皮膚の下で浮き出て、全身を痙攣させていた。
「何だ? 急に……」
「くそっ! 総員、作戦中止! 一時撤退するっ!」
耳に手を押し当て、キリトが慌てた様子で指示を出す。もうレイジには興味がないとでもいう風に背を向け、自分よりも体格のいい倒れた隊員を担いで歩き出す。
「おい、どういう事だ。説明しろ」
「端的に言えば、急性薬物中毒みたいなものだよ。御空君の涙か、唾液か、血か……まぁ、そのどれかがうちの隊員の体内に入って作用した。この前の動画で使われたような濃度の低い粗悪品じゃない。原液そのものを体内に入れたんだ。……ったく、ブリーフィングの時、その可能性と危険性をちゃんと説明したんだがな」
重い溜め息を吐きながらレイジとエイトに背中を向けて、キリトは歩き出す。
「──ああ、そうそう。一つだけ、御空君がレイジと一緒にいられる方法があるよ」
「っ」
体を起こしたエイトの前に立ち、キリトはエイトの顔を覗き込む。
「もう警戒しなくていい。今更嘘を吐いたり、騙したりしないさ。君の体液は猛毒と同じだから。何の対策もなしに触れたりしないさ」
警戒心を露わにするエイトに、にこっと人懐こい笑みを浮かべて、キリトはエイトの耳に唇を寄せ、何かを囁く。
「その方法はね……」
「っ!」
何故かその方法を耳打ちされた瞬間、エイトの顔が一気に真っ赤に染まる。しかし、距離がある為、レイジの耳には話の内容が届かない。
「まぁ、こいつの二の舞にならなきゃいいけどね。……もし、次に来る時までにその方法を試していなければ、君は一生施設の中で、俺がレイジと楽しく暮らすよ」
「なっ!」
「俺、レイジとなら上手くやっていける気がするし……じゃあね」
去り際に投げキッスをし、キリトは男を抱えて森の出口へと歩いて行く。レイジとエイトはキリト達の姿が見えなくなるまで見送っていた。
二人が森から戻り、風呂で汗と汚れを落としてベッドの上に飛び込んだのは、深夜の事だった。
「ったく……何だった。キリトの奴……エイトを連れて行くとか、行かないとか……ワケわかんねーっ!」
「………」
深夜に怒鳴り散らすレイジから、居たたまれなくて、そっと目を反らすエイト。
「ごめんね。僕の所為で」
そう声を絞り出すのが、エイトの精一杯だった。
「はぁ? 何でお前が謝るんだよ。怪我してるのに。悪いのはキリトとあのマッチョだろ?」
「だって、僕はずっと……命の恩人である君に、隠してる事があったんだ。今回の騒動の原因は僕だ。レイジが、あんな風に危険に晒される事はなかったんだ!」
自分を追い詰めるような言葉ばかりを重ねるエイトの頭に、軽く拳骨を落とすレイジ。
「なっ……何するのさ! 人が折角……」
「なぁ。お前、それ本気で言ってるのか?」
エイトが顔を上げた先には、レイジの固い表情と真摯な眼差しがあった。
「お前だって人間だ。隠してる事や言えない事の1つや2つあって当然だろう? それに、原因はお前じゃない。お前をそんな体にした博士だろ。そこんとこ、間違えんなよ?」
子供を諭すような、彼らしからぬ穏やかな口調と額への口づけに驚き、目を瞠るエイト。
「なーに固まってんだよ。バーカ」
「いたっ!」
目を瞬かせていると、いつもの調子で額にデコピンをされる。こういう時、エイトはいつもレイジの切り替えの早さを、身をもって思い知らされる。
「自分じゃどうにも出来ない事を思い詰めたり、それが自分の所為だと抱え込んで罪悪感に囚われるのは、お前の悪い癖だ」
レイジにそう言われると、エイトは言葉を詰まらせる。
「でも……」
「はぁ……『でも』とか、『だって』とか禁止。もしもの話をしても、時間は巻き戻らないしな」
「ううっ」
「──それよりも、これからの事を考えようぜ。お前はこれからも俺と一緒に居たいってさっき言ったよな?」
「うん」
「その理由は?」
「え?」
「一生、安全で何不自由なく暮らせる権利を手放してまで、お前がこんな治安の悪い場所で、しかも俺と一緒に居たい理由って何なのかなって思ってさ」
「それは……その」
ふと、キリトの言葉が脳裏を過って、つい子供じみた本音の言葉が口から滑り落ちる。
「キリト君とレイジが一緒に暮らすの……嫌だし」
「友達を取られそうになってる子供みたいな理由だな。まぁ、別にいいけど」
理由を知っても、レイジは笑わない。いつになく穏やかな表情で、そっとエイトの両頬を自分の両手で包みこむ。
「俺でいいの?」
「僕は……レイジがいい。レイジじゃなきゃ、嫌なんだ。だから……」
エイトが首に巻いていたチョーカーを外し、頬を赤く染めながら緊張気味に話す。
「僕を、君の番にして下さいっ!」
「!」
滅多に大きな声を上げる事がないエイトに、今度はレイジが驚き目を瞠る番だった。
「さっき、キリト君に言われたんだ……番になれば、体質が変わるって。僕の体液に触れても、仮に悪用されても、あんな風に人に害をなさない可能性が高いって」
「お前は誰かの為に、俺と番になりたいのか?」
「違うよっ! そうじゃなくて……僕が一番、レイジの事……好きだから。キリト君に、君を取られたくないなって……思って」
言葉にする事で、レイジが好きだと改めて自覚するエイト。体温が一気に上昇するのが自分でもハッキリとわかって、エイトの顔は耳まで赤くなる。
すると、どこからともなく強い桜のような花の香りが鼻腔を擽る。
「この香りって……まさか、エイト。お前か?」
「えっ?! 嘘っ、もうΩの抑制剤の効果が切れちゃった? さっき飲んだばっかりなのに、一体どうして……」
あわあわと慌てるエイトの様子が面白くて、レイジは吹き出す。
「そんなの、俺が好きだってお前が自覚したから誘ってるんだろう?」
「レイジ、言い方っ!」
花の香りはますます強くなってきて……エイト自身がその香りにくらくらと酔ってしまいそうになる。ふらつくエイトの体をレイジが受け止め、しっかりと支える。
「──本当に、いいんだな?」
「うん」
「そっか。なら、遠慮なく……んっ、ふ……はぁっ」
「んぁっ! あぅっ! ……レイジ、あっ、あん!」
エイトの首筋に噛みつくレイジ。レイジに痕を刻まれる度に、ゾクゾクと快感がエイトの体を駆け巡る。エイトは体の内側からレイジで満たされているような多幸感に包まれる。
「はぁ……ちゅっ。痛くないか?」
「ん……平気。レイジに噛まれて、嬉しい……んっ、あぁっ!」
ビクビクとレイジの腕の中で震えるエイト。エイトの反応を見ながら、声を出さずに笑うレイジ。
「あっ、あぁっ……レイジ。もっと……」
甘えたエイトの声に煽られて、レイジの表情から余裕が消える。
「ったく、この煽り上手……明け方近くまで離してやれなくなるだろう? 俺だって、一応男だし。……っていうか、この世界には男しかいないんだけど」
「それでも構わない。君と一緒にいられるなら」
自らレイジに口づけて、微笑むエイト。深い溜め息を吐きながら、レイジは乱雑にエイトの頭を撫でて、唇を重ね合わせる。何度も何度も、角度を変えて。
「なるべく、痛くないようにしてやるからな?」
「宜しくお願いします」
「──こうして、αの青年の番となったΩは、セラフィムの保護対象から外れ、自由を謳うコロニーで、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
「隊長、何です? 今の昔話みたいな言い回しは。小説家はあくまで潜入捜査の上での副業でしょうに」
キリトの部下の一人が、呆れたように問い掛ける。
「ん? 来週提出する報告書の内容さ」
ニッと唇の端を上げ、キリトは眼下に広がる街を見下ろした。
【終】
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