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βはモルモット
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叶わない恋だと、ずっと思っていた。
研究室の窓ごしに見えるその横顔にただ恋をして、それで十分だったはずなのに。
これは一体なんだ。
体が熱い。俺は、βなのに。発情期なんて知らない、βのはずなのに。
耐え切れないほどの熱に、俺は白い研究室のベッドにしがみついた。
耐えろ。耐えろ。大丈夫だ。きっと研究用に飲んでいた薬の副作用か何かなんだ。それが、Ωの発情期みたいな風になっているだけで……。
ガチャリ、と無機質な音を立てて、部屋のドアが開いた。
「彰さん」
彰さんは、ここの研究者であるαだ。彼はいつも通り無表情のまま、無言で俺に近づいてきた。
「あ、の。彰さん……俺、今、おかしくって……」
体が熱い。ぽそりとそう呟くと、彰さんの手が俺の頬に触れた。
っ……!
こんな風に触れられたのは、初めてだ。
じっと見つめる彰さんの瞳には、冷静な色しかない。それなのに、俺は彰さんの掌の温度に喜んで、体が欲情するのを止められない。
「彰さんっ、俺、さっきの薬……!なんかおかしい。おかしいんだって!」
「あぁ。おかしいのは、ここだろう?分かっている。問題ない。静かにしていろ」
ここ、と彰さんが触れたのは、ひときわ熱く主張している俺の股間。カァっと俺の顔が真っ赤になるが、彰さんは何も言わない。
そのまま近づいてくる唇に、その熱さに、俺は胸がぎゅっとしめつけられる思いがした。
あぁ、これは実験の一環なんだ。俺はβで、彰さんはα。綺麗なΩの番がいる、立派なαの研究者。俺は研究対象としてしか彰さんの側にいられない。
それでも、触れる唇に嬉しくなってしまうのは、俺がずっと、もうずっと小さい時から、彰さんに恋をしているからなんだ。
『研究対象のβは愛されたい』
この世界のほとんどの人間がαになったのは、もう百年以上前のことだった。
度重なる天変地異、パンデミック。そのたびに人類は数を減らし、知恵を出して生き残ってきた。数は少ないが、知能も体力も優秀なαが生き残るのは自然の摂理というものかもしれない。
本来ならば自然出生でαが生まれる確率は低い。しかし、αがこの荒廃した環境に適応しやすいと分かってからは、遺伝子操作でαの生まれる人数を操作した。
もちろん、αと番い、αを生むことの多いΩもαは大切に保護をしてきた。
そんな中で、βはまれにしか生まれなくなった。
遺伝子操作のミス、もしくは研究対象のモルモット。
そう、俺、ミツカは研究対象として生まれたβだ。
βだって人間だ。αはきちんと俺達のための施設を作って、小さな施設で俺は多くのβと一緒に暮らしてきた。
βの院長が運営する、βだけを集めた孤児院。外の世界でβは生きていくことが難しいから、18になればどこかのαが庇護する地区へ行くか、αの研究に協力するかの選択が与えられる。
αに支配された世界ではあったけれど、俺達βが生きていくには優しい世界でもあった。
俺は研究対象として生まれたβで、施設の中では一番美人だと言われるβだった。
小さい頃から、この施設を管理しているαである彰さんは頻繁に俺達を見に来ていた。もちろん俺達はただのモルモットだから、声をかけたり遊んだりしたことなんてない。でも、βだらけの世界で、αの彰さんの美しさはとても鮮烈だった。
色素の薄い茶色の髪に、同じく薄茶色の瞳。いつも冷静で少し怖い雰囲気のあった人だけど、俺は一目で恋に落ちてしまった。
俺は施設を出るまで、Ωという存在を見たことはなかった。
施設で美人だと言われていたから、もしかしたら隠れΩなのかもしれないとか、βでもいいと彰さんが言ってくれるかもしれないとか、そんなことを夢見ていた。
だから、18歳になって施設を出て行くことになった時、彰さんの元で研究対象として働くことを決意したのだ。
例えβであっても、αの庇護下にある箱庭のような地区で普通に生きることはできる。わざわざ研究対象になる道を選ばなくてもいいと院長には言われた。けれどそうしたら、俺は彰さんにもう二度と会えなくなってしまう。だから、だから。
研究所に行って初めて、彰さんは俺のことを全く認識していなかったことを知った。
彰さんには、まるで天使のように美しいΩの番がいることを知った。
たかがβの俺では、まったく敵わない。彰さんの視界に入ることすらできないのだと、思い知った瞬間だった。
何の研究をしているのか教えてはもらえない。
俺に与えられたのは小さな個室と、毎朝の検査と、毎食後の白い錠剤のみ。
それ以外は自由で、本を読んだり映画を見たり、研究所内の中庭で過ごしたりしていた。
彰さんは研究所でも偉い人間なのか、会えるのは月にたった一度だったけれど、それでも俺の毎日は充実していたはずだったんだ。
いや、βとして生まれた俺に、今の生活以上の物なんてあるはずがなかったのだ。
だから、手袋越しではない、初めて触れた彰さんの体温に、気が狂ってしまうのではないかと思った。
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