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窮地4
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「なんでお前みたいなのが生まれて来たのよ!? 産まなければ良かった! 生まれなければ良かった!」
痛みも、呪詛の言葉も、何もかもがまるで本物のようだ。けれど、絶対にそれはあり得ない。何故ならこれらは全て終わったことだ。母は死んだ。少年に僅かな愛情すらも寄越すことなく、最後まで少年を憎しみ恨んで死んだ。だから、少年がここで彼女に謝罪をしたって何の意味もない。母の憎悪も嫌悪も憤怒も狂気も苦痛も拒絶も、そのどれもが本当で、だからこそ、少年はもう一生赦されることなどないのだから。
少年の口が、はくと動いた。喉が引き攣る。呼吸が上手くできない。まるでいつか水に頭を沈められた時のようだ。
判っている。赦しを乞う言葉に意味はない。判っているのだ。だが、それでも、
「ご、め……ん、なさ……」
それでも、零れ落ちるのは謝罪の言葉だった。
母は悪くない。悪いのは、こんな汚い目を持って生まれてしまった自分なのだ。汚い生き物として生まれ落ちてしまった自分が全て悪いのだ。自分のような生き物が生まれてしまったから、母の愛した人は母を捨て、母はひとりぼっちになってしまったのだ。
紛れもない事実として、疑いようのない真実として、母は被害者で、加害者は自分だった。
「……ごめ、な、さ……」
僕が全部悪いから。僕のせいで、僕が汚いから、僕がいるから、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
終わったことだ。母はいないのだ。けれど、それをそうと切り離して考えるには、少年の心は弱すぎた。繰り返されてきた暴力の記憶と共に、存在の全てが罪であるのだという認識が改めて脳内に押し流れて来る。
「ぉ、かあ、さ……」
その一言が、彼女の琴線にどう触れてしまったのだろう。
「そのッ、汚い目で! 私を見るなッ!!」
いつの間に握られていたのか、絶叫と共に振り下ろされたナイフが、少年の顔を掠めて地面に突き刺さる。わざと外したわけではない。単に勢いが強くて狙いが定まらなかっただけだろう。それを証明するように、母の目はより一層の憎悪を湛えて少年を見た。
そして、少年の目を狙った切っ先は間を置かずに再び飛んでくる。
そうだ。あのときも確かにこうだった。そして、殴られるでもなく蹴られるでもなく、刃物でもって顔を狙われるという恐怖は、久しく忘れていた抵抗の二文字を彼に思い出させたのだ。そう、何もかもが、あのときの再現のようだった。
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