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窮地6
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少年が握ったものを振り上げた瞬間、唐突に彼が纏う雰囲気が変化した。悲嘆と絶望に暮れていた顔が冷たい刃物のようなそれに変わり、そして忌々しげな表情を象る。
(チッ、主導権を奪うのが遅れた)
『鏡哉』を助ける形で表に出てきたのは、別人格たる『グレイ』だった。本来であればもっと早くに切り替えるつもりだったのだが、赤の王との一件以以来、人格の切り替えが非常にしにくくなっている。具体的に王が何をしたのかは判らないが、あの男が行った何かが人格同士の間に隔たりを作ったような、嫌な感じだ。そんな中、『鏡哉』と言う人格の精神が瓦解する寸前に、あらゆる感覚から切り離して閉ざすことができたのは、まったく僥倖と言うに他ならなかった。
『鏡哉』の|記憶の改竄《ケア》は、先ほどから彼の名を騒がしく呼んでいる『アレクサンドラ』が上手く行うだろう。ならば『グレイ』がすべきことはひとつである。
大元たるちようにとって最も忌避すべき記憶は、勿論『グレイ』にとっても心地良いものではない。だが、ちようからすべてを引き継がされた『鏡哉』と違い、取り乱して我を失うほどのものでもなかった。だからこそ、『グレイ』はこれが現実ではないことを正しく認識しており、それに惑わされるようなこともない。
当然だ。これはとうに過ぎ去ってしまったものなのだから、戻ることなどありはしない。ならばどれ程に真に迫っていようとも、こんなものはただの幻なのだ。
しかし実際『グレイ』の目には母親が映っており、身体も完全に、首を絞められているという事実を受け入れてしまっている。このままこの状態が続くなら、本当に思い込みで死んでしまいかねない。
だから『グレイ』は、握りしめていたものを捨て、その右手で己の眼帯を毟り取った。
――エインストラの目は、ありとあらゆる真実を見通す。それこそ、その魂の色すらも。
そのことを、『グレイ』は覚えていたのだ。
晒された異形の瞳が、『グレイ』の思惑通りに全ての偽りを暴き立て、真実のみを映し出す。瞬間、『グレイ』の目の前にあった景色が霧散した。開けたそこには母親の姿などない。ただ地面に転がっている自分を楽しそうに眺めている少女がいるだけだ。
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