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窮地8
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身体能力を向上させる薬など聞いたことがないが、彼女の言ったそれが事実なのだとしたら、恐らくそのせいだろう。純粋な身体能力に大きな差があるというのなら、『グレイ』の力で彼女から逃れることは難しい。加えて、グレイが身動きを取れないでいる間にアンネローゼの部下たちまで追いついてきてしまった。こうなってしまうと、逃走が成功する確率は絶望的だ。
(どうする。この身体を一番うまく使える迅なら、もしかすると逃げることくらいはできるかもしれないが。……いや、やはり駄目だ。アイツは破壊の権化みてェな人格だ。逃げるなんて選択肢を取る訳がない)
とにかく打開策をと思考するグレイだったが、それを待ってくれるアンネローゼではない。
「エインストラ様って、確か刺青師なのよね」
言いながら、彼女の脚が『グレイ』の右腕にそっと落とされる。彼女がしようとしていることが判ってしまったグレイが咄嗟に抵抗しようとしたが、その前に男たちに取り押さえられてしまった。
「ッ、クソっ!」
駄目だ。腕を壊されるのはいけない。刺青は、『鏡哉』にとって唯一誇れるものだ。唯一、価値を見出せるものだ。それがなくなってしまえば、『鏡哉』の精神は壊れてしまう。そんなことになれば、ちようが、
「そんなに怯えなくっても大丈夫よ。血が出るようなことなんてしないから。ただ、大事な大事な利き腕が一生使えなくなっちゃったらどうなるのかしらって、ね?」
怒りの中に残虐性を垣間見せる少女の瞳が、笑みを象る形に歪み、そして、一度少年の腕から離された彼女の脚が、渾身の勢いで少年の腕に振り下ろされる。
「ッ、――やめろ!!」
悲鳴じみた叫びを喉から絞り出した『グレイ』は、襲いくる絶望に強く拳を握った。覚悟したのは物理的な痛みではない。何よりも守るべき存在であるちようを損なうかもしれないという痛みと恐怖。ただそれだけだった。
「…………ぁ?」
だが、絶望的な気持ちで覚悟していたそのときは、一向に訪れなかった。確実に『グレイ』の腕に落とされた彼女の脚は、しかし打ち砕こうとしたそれに到達することがなかったのだ。アンネローゼの至近距離にいた『グレイ』には、その理由がよく見えていた。だが、見えていたにも関わらず、理解が全く追いつかない。
「きゃ、きゃあああああああああああああああ!!」
つんざくような悲鳴を上げて、アンネローゼが倒れる。それを聞いてもなお、『グレイ』は現状が掴めないでいた。無理もないことだ。『グレイ』の腕を踏み砕こうとしたアンネローゼの脚が、唐突に膝の下からすっぱりと切れて落ちたのだから。
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