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酔い潰れた駒場をタクシーに放り込んだ芳賀が、こちらを見上げて手を振るのを、俺はベランダから眺めていた。
カラカラと音のなる引き戸を開けて煙たい部屋に戻ると、案の定、真木にベッドに引き込まれた。
香水の匂いにタバコの匂い、汗とアルコール、ごちゃ混ぜになった匂いに、今その瞬間だけの解放を求める様に没頭した。
結局、終電を無くして朝まで真木の部屋で過ごした。
今朝、ベッドの布団に包まって寝息をたてる真木を、蹴落としたい衝動を抑えて部屋を後にした。
頭が重い。
行き交う様々な人の足音、話し声、電車のアナウンス、全てが頭に響く。
朝の駅は例のごとく込み合っていて、梅雨時の湿度も重なって、じわじわとまとわりつく空気が、寝不足の体には殊更きつかった。
騒々しい音が頭に刺さる様に響く
気持ち悪い
俺は耐えきれなくなって、ホームの固いベンチに座り込んだ。
思わず項垂れて、ため息が漏れる
今日開かれる講義は、どうしても受けておかないと、単位に響くものだった
そうでなければ、今すぐ帰って布団に潜りたかった。
昨日の酒と、その後の情事を悔やんだ
後悔するのに、何度も同じ事を繰り返す自分にも苛ついた。
俯いて頭を押さえる俺の前を通り過ぎる、いくつもの足音
ふと周りを見回すと、制服の学生や、スーツ姿の会社員らしき人、私服の男女、様々な姿。
皆規則正しく、社会に順応して、その一部として溶け込んでいる
自分は?
俺は、何をしているんだろう。
自分だけが、溶けきらない異物の様に感じる。
頭が痛い
気持ち悪い。
「…おい、大丈夫か?」
ふと、頭の上からそんな声が聞こえて顔を上げると、見覚えのある顔がそこにあった。
「……、」
「どこか具合悪いのか?」
背の高い、スーツ姿の男が、心配そうに見下ろしていた。
「……大丈夫です」
男の視線を遮る様に言った俺を、尚も心配そうに見下ろしている
「…でも顔色悪いぞ、ちょっと待ってて」
そう言って自販機の方に歩いて行った男は、ペットボトルを手に戻って来た。
はい、と手渡されるミネラルウォーターのボトル
手にしたその冷たさが心地よかった。
「…すいません」
「別に。冷やしたらちょっとは気分いいかと思って。」
そう言いながら、一つスペースを空けて男が座った。
ふわりと、清潔な匂いがした。
「お前、高校生?」
突然の問いに、思わず声が高くなった
「大学生です!…20歳の…!」
「っあはは、悪い、大学生だったか。」
男は、あまり悪いとも思ってない風に笑った。
「あれから大丈夫か?また絡まれたりしてない?」
ふと、そう言われて、地下通路での事を思い出した。
苛立ちに任せ、手を払い除けてその場を後にしてしまった。
急に気まずくなり、足元に視線を落とす。
「…いや、大丈夫です…すいませんでした、いろいろ。」
「別に。」
「…あの、本当に警察の人なんですか?」
「まさか。サラリーマンだよ普通の」
吹き出すように笑う男。
「まさかあんなにすんなり通じると思わなかった。」
あはは、と軽快に笑うその顔は、まさに爽やかという言葉がぴったりで、急に後ろめたくなってまた俯いた。
ふわりと、洗いたてのシャツの様な、清潔な匂いがした。
男らしい体型に、顔立ちも端正に整っていて、今までの行動を顧みれば、性格の良さも伺える。
何もかも正反対だった。
「調子、ちょっとは良くなったか?」
「あ、…はい、だいぶ」
口に含んだ冷たい感触のおかげか、少しづつ楽になってきた体に、自分でも安堵した。
「…あのさ、変な質問だけど」
「はい?」
ふいに、男が言った。
「俺ってそんなに鬱陶しい?」
「…っ、すいません」
謝る俺を制するように、男が言う
「いや、責めてる訳じゃなくて。謝んなくていいから。」
「……はぁ。」
「俺、昔っから同じ事言われるんだよな。鬱陶しいって。」
「……」
昔から、何を言っても嫌味に聞こえて鬱陶しいと言われる、男はそう話した。
「何やっても、〝見た目のいい奴は得だ〟って言われるし、しなきゃしないで〝見掛け倒しか〟って言われるし、」
「……自慢ですか?」
「それだよ、それ。何言ってもいつもこうなるんだよ俺。」
「……はぁ。」
「なんでこうなんだろうな」
向かいのホームを眺めながら言うその横顔は、なんとも言えない表情をしていた。
「なんていうか、自分だけ異質みたいな感じがしてさ」
「……え、」
「何やってもイマイチ上手くいかなくてさ、俺。こんなだから見掛け倒しって言われんのかな。」
そう言って、ははは、と軽く笑う
その瞬間、周りの音が消えた気がした
男の話した言葉だけが、頭に響いた。
この人がー?
何言ってんだろう
この人。
こんなに、俺が欲しいと思っても手に入らない物を、最初から持って生まれた様な人なのに
なんでそんな事をー、
まるで自分の頭の中を読み上げられた様な衝撃に、男から目が離せなかった。
「……え?おい…、なんで涙目になって…、俺、何か言った?…まだ具合悪い?」
「……コンタクト、ずれた」
俺は、急に込み上げて熱くなった目を擦って、入れてもいないコンタクトのせいにした。
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