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ちびっこんち
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随分寂れた剣術道場の奥にはひとり、脚の悪い子供がいる。
名前はさんごと言った。
さんごは時代に残され、残るアテもない老剣士のたった一人の、そしていつしか後を継ぐであろう少年として生まれた。
その期待を一心の背負い、剣士として、道場の次期当主としてその実力をメキメキと伸ばしていく。
しかし優れた剣士であった彼の人生は、たった一回の落雷と倒木によってあっさりとその道程を断たれることになった。
潰れた足に当てられた布からははみ出るように、火傷痕は真っ赤な痕を残している。
運悪く落雷により発火し折れた木の下敷きになり、もう二度と動かなくなった。時折じくじくと苛むような痛みがまた、彼の身体に走る。
燃え盛る樹木を無理に退かそうとしたせいで手のほうも焼け爛れ、以前のように自在には動かせなくなった。
たった一夜の、数刻にも満たない出来事で彼が歩んでいた道のりはめちゃくちゃになった。
立つこともできず、ましてや歩くこともできず、ただ這いずるように動くことしかできなくなった。
リハビリも功を成さなかった。何もできない現実だけが周りに立ち込めていく。
空の元気を捻り出し、激痛を押さえこみまた元の修行へ戻ろうとしたこともあった。しかしある朝唐突に、今まで握っていた剣が随分重く感じるようになる。持ち上げられない。やけどが蛇のように手のひらを歩き回る。皮が捲れ、ごとりと刀が落ちる。
恐ろしくなった。今まで握っていた刀を部屋の隅に投げ出し、それきりさんごは二度と触れていない。
染みつき消えない己の火傷が刃の錆に見えた。全てが嫌になった。
慄き、怯え、怒り、泣き叫ぶ。
しかし怒りをぶつける相手もいない。自身の全てを奪った雷は言葉など持っちゃいない。
迫るような残酷な時間、さんごは部屋に閉じこもり、そのうち外に出なくなる。
事故の後、憔悴した様子の父が幾たびか障子を覗き、彼の様子を尋ねることがあった。
初めは襖を開き、哀れな父を招いていたが、しかしその父目には隠しようもないありありとした失望が浮かび、目にした子供はより内へ内へと閉じこもっていった。
そのうち部屋からは啜り泣きしか返って来なくなり、不器用な老父はどうにもならなくなる。
声かけは減り、老いた体は酒に逃れるようになる。悪循環だ。
そんな家のことである。
ある朝男が一人、くすんだ様子の道場に脚を踏み入れた。
暗い着物で身を包む、武士然とした男だった。
しかし厳つい輪郭に浮かぶその目はギョロリと飛び出、分厚い瞼がかろうじて載っているかのようだ。
時間を告げる鐘の音がなり、門で待つ昼過ぎの客人を酒臭い、疲れ果てたような老人が応対する。やつれたようすだったが、男を目にすると表情が驚きに変わった。
それは男が久方ぶりに現れた彼の教え子だからであったのか、男が一際目立つ奇妙な顔立ちをしていたからなのかはわからない。
老人は彼の名前を覚えていたが、律儀なことに男は再び名乗った。
「_____久しいな、浅ェ門よ」
しわがれた声が久々に明るさを取り戻す。
「嗚呼、先生、お久しぶりです」
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