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窓外への憧れ
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「あのさ、俺、明日からひとりで学校行くよ」
放課後、迎えの車内で楓はついに切り出した。ちらと振り向いた父、静馬の無言の問いに、硬い笑顔で答える。
「父さんだって忙しいのに、毎朝たいへんだろ?」
「私のことを気にしているなら無用だ。今までだってずっとやってきた」
「でも、休みの日まで早起きしなきゃならないしさ。俺の送り迎えがなければもっと朝寝坊できるじゃん」
いつになく食い下がる楓を、静馬は不思議そうに見た。「急にどうした」
「学校でなにかあったか?」
「べつに急じゃないよ……前から何度も言ってる」
楓は弱気な心に負けないように、ぎゅっと膝頭を握った。
「みんなおかしいって言ってるよ。高校生にもなって送り迎えだなんて……」
「他人の言うことなんて気にするもんじゃない。うちはうちだ」
「歩いてたった20分だよ。平気だよ」
「……ダメだ。前にも帰り路で具合が悪くなって、病院に担ぎ込まれたことがあったろう?あの時親切な人が見付けてくれなかったらどうなっていたか……」
「そんなの!小学生のころの話だろ……正直に言うよ。俺だってたまには寄り道とかしたいんだ。友達とアイス食べに行ったり、映画観に行ったり……」
静馬は答える代わりに、次の交差点で車体を反転させた。どこへ連れて行かれるかと思えば……
「…………」
「今日は時間がないから、映画はまた今度にしてくれ。さあ、早く選んできなさい」
◆
静馬は楓を自宅まで送りとどけると、そのまま会社に戻って行った。「ただいまー」肩を落として玄関に入ってきた楓を、弟の葵が出迎える。「お帰り兄さん。遅かったね」
「ん……これお土産」
「冷たっ!……アイスクリーム?めずらしいね?」
葵は楓の冴えない顔を見てくすりと笑った。
「その顔は、またダメだったんだ?」
「わかってるなら聞くなよ」
「もういい加減あきらめたら?父さんは絶対許さないよ」
「だって、このままじゃ俺の貴重な青春が……」
「兄さんまじめだから。見張りがいるわけじゃないんだから、黙って遊びに出かけちゃえばいいのに」
「お前が俺の代わりに夕飯作って洗濯物たたんで風呂沸かしてくれるならなー」
「あ。俺、宿題やんなきゃ」
葵はアイスクリームの箱を楓の胸に突っ返し、そそくさ退散した。まったくもう!
……それにしても……
(今度にしてくれ、だって)
映画、なに観よう?肝心な話をはぐらかされてがっかりする反面、実はちょっと楽しみだったりもする。父さんと2人きりで遊びに出かけるなんて、何年ぶりかな。
「魚介たっぷりペスカトーレロッソにヒラメのカルパッチョ桃のソース、ベビーリーフとロマネスコの粒マスタードサラダ、グリーンピースの冷製スープ、デザートはタルト・オ・シトロン」
「うっまそー!俺たち今日調理実習で、給食抜きだったんだよね。買い食いしなくてよかったー」
「兄さん、いつもより気合入ってない?さっきまで機嫌悪そうだったのに……なんかいいことでもあった?」
「……ひみつ」
少しの不満はあるものの、窮屈さえ我慢すればおおむね平穏な毎日。大きな傘の下で安全と衣食住が保障された、快適な生活。
永遠に続いて行きそうな日常に兆しが訪れたのは、翌日のことだった。
◆
「これ、本当にお前が作ってんの?」
昼休み、クラスメートの川瀬稔が楓の弁当箱を羨望(せんぼう)のまなざしでのぞき込んだ。楓は小鼻をうごめかして答えた。「まあな、俺のゆいいつの趣味だからな」
「だし巻きもーらい!……俺の弁当なんか見てよこれ。冷凍食品と半額総菜の詰め合わせ」
「川瀬んちは共働きだから、しょうがないよ」
「ちっげーよ。……ここだけの話、彼女が作ってんの!」
川瀬はころもが溶けかかった惨めなエビフライを箸でつまんで、「お前が女だったらなー」とぼやいた。
「飯作って洗濯して掃除して弁当作ってって、お前もうお母さんじゃん」
「みたいなもんだよ。ガキのころから弟たちの面倒はほとんど俺がみてるし」
「親父さん、どっかの社長だっけ。忙しいんだ?」
「夜中でも電話がひっきりなし。徹夜もしょっちゅう。ときどき会社に泊まってる」
「でもお前の送り迎えはするんだ。結局断れなかったんだろ?今朝も車だったもんな」
「……うん……」
物憂い顔でミニトマトをもてあそぶ楓に、川瀬が提案した。「俺、いいこと思いついた」
「午後の授業ばっくれようぜ!」
「?……ばっくれ?さぼるってこと?」
「そ!んで、遊びに行こー」
「えー。ぜったい怒られる」
「俺等もう3年だぜ。来年受験だし、遊べるチャンスなんて今しかないじゃん」
「でも……でもなあ」
「いいじゃん、1度やってみたかったんだよー。付き合えよー」
川瀬は拝み手で、渋面を作る楓を半ば強引に説得した。「しょうがないなぁ」
「ちょっとだけだぞ」
「やった!……おーい!俺等ふけるけど、一緒にきたいやついるかー!?」
川瀬が有志をつのると我も我もと便乗者が現れて、けっきょく楓は冒険心おうせいな十余名の学友とともに、ぞろぞろ平日の繁華街へくり出すことになった。
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