アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
秘密の逢瀬
-
記念すべき第1回目の面会日がやってきた。
楓は生物室で私服に着替えると、桐人と一緒に学校を抜け出し、待ち合わせ場所である駅へ向かった。
「忍さんはまだ来てないみたいだな。東口のロータリーって言ってたから、ここで合ってると思うけど……まあ、待ってりゃそのうち来るだろう。悪いけど、俺行くな。これからバイトなんだわ」
桐人はあわただしく去りかけて、はたと気付いて戻ってくる。「そうだ」
「家政部の女子に作った菓子とか分けてもらえるように頼んでおいたから、帰りに持って帰れよ。アリバイ、困るだろ」
「ありがと。お前ってけっこう面倒見いいんだな」
「小づかいのためさ。じゃー、デート楽しめ」
桐人が帰ってしまうと、楓は手持無沙汰に腕時計を確認した。時刻は午後4時5分前。帰宅ラッシュにはまだ早く、あたりに人はまばらだ。
そわそわと落ち着きのない楓を、休憩中のタクシー運転手が奇妙そうに見つめる。いや、それだって自意識過剰な楓の気のせいに違いない。
平日の夕方に学生がこんな場所をうろうろしていて、誰かに見咎められるんじゃないかという不安が半分、4分の1は静馬を裏切っていることに対しての罪悪感で、8分の1は緊張や憂鬱。残りが未知なる世界への好奇心だ。
近代的な波型の屋根の下に、所在なくたたずむこと10分。忍は5分遅れで待ち合わせ場所に現れた。
「遅れてごめんっ、会社なかなか抜け出せなくて!」
走ってきたようで、前髪が汗でもつれて、不格好におでこに張り付いている。
「俺も今来たところです。ちょっと休みますか?どこか入りますか?」
「いや、時間がもったいないから行こう。いっしょに行きたいところがたくさんあるんだ」
◆
結論から言うと、忍との面会は実に楽しかった。
カラオケ、ボーリング、バドミントンやフットサルができるゲームセンター、お好み焼き屋に狭苦しいラーメン屋、スーパー銭湯、怖いお兄さんがいる古着屋、ちょっと怪しい雰囲気のアジアン雑貨店。パチンコ屋に雀荘……
忍は逢瀬のたびに楓を連れ回した。街中、それも静馬が絶対選ばないような、庶民的でキッチュな施設ばかり。桐人に箱入りだのおぼっちゃまだのと馬鹿にされるはずだ。世の中には楽しい遊びがあふれてる。見るもの聞くものすべてが新鮮で、楓は時間を忘れて夢中になった。
ちゃんと話してみて分かったのは、忍が温厚で、とてもいい人間だということだ。愛嬌があって喜怒哀楽が素直に顔に出る、誰にでも好かれるタイプ。友人も多い。ときどき見せるやんちゃな笑顔も、彼の魅力のひとつだろう。遺伝子のなせる業か、2人はとても気が合って、直ぐに仲良くなった。
「綾乃……君のお母さんは美人で頭も良かったけど、そそっかしいところがあってね。料理もあんまり上手じゃなくて、俺が知る限り電子レンジを2回壊して、換気扇のフィルターも3回燃やした」
忍は折に触れて母の話をしてくれた。彼女が愛読していたファッション誌や、いつも使っていたハンドクリーム。長風呂だったことや、辛い食べ物が好きだったこと。美術館より動物園、犬より猫、猫より鳥が好きだったこと。どれも静馬からは聞くことのできなかった話だ。
逢瀬を重ねるごとに、ぼんやりと霞がかっていた母の輪郭がはっきりする。ほとんど幻のようだった彼女はいつしか、生き生きと楓の頭の中を動き回るようになった。それは母の面影を知らない楓にとって、とてもよろこばしいことだった。
自分の話を聞いてもらえるのもうれしかった。クラスメートの誰と誰が喧嘩したとか、先生は誰が好きだとか、忙しい父には遠慮して話せない雑多な話だ。忍は合いの手や感想を混ぜながら、本当に楽しそうに聞いてくれた。
いけないと思いつつ、忍との面会は増えていった。ひと月に1度が2週間に1度になり、とうとう週に2日も会うようになった。
街に出て2時間くらい遊んで、学校に戻って着替えて、静馬の迎えを呼ぶ。桐人や家政部の女子たちが協力してくれたので、アリバイ作りには困らなかった。
「前にも伝えたと思うけど……ぼくは、ゆくゆくは君と暮らしたいと思ってる。親子はやっぱり離れて暮らすべきじゃないと思うんだ」
ある日の面会で、忍はタイミングを見澄まして楓に告げた。
「それは……」
「困らせたいわけじゃないんだ。君の決心が固まるまで、いつまでも待つよ。君と暮らすことは言ってみればぼくの、生きる希望なんだ……頭の隅っこにでもとめておいてくれればいいから」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
17 / 25