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顧問の指示があると、篠田がネットを潜ってセッターポジションを通り過ぎ、八島のところまで無言で歩いてくる。
アウェーなレギュラー側の空気を諸共せず、「そこ、退け」と八島を睨めつけた。下からの眼光の鋭さに、一瞬慄いてしまう。
「八島、行こうぜ! 俺らも連携を組んで、俺ら独自のバッテリーになってこうぜ」
「……っス」
セッターの多田が八島の背中を押して、コート外へと誘う。
すれ違う岸先輩を視線で追えば、「岸先輩、一本お願いします」と篠田に声をかけられていた。
「了解!」岸先輩の笑顔に初めて、絆されないきゅう、とした胸の痛みに襲われる。
「……俺、岸先輩のトスを打たせて貰えないんですか」
「え?」
背中を押して隣のコートに移動させる多田が、手を離す。
「俺、練習でも一回も先輩のトスを打ったことがない。綺麗なトスを打ったって練習にならないからって」
「……そうか」
「でも、多田先輩だって十分に上手なセッターっス。さっきのクイックだって、合わせたこともなかったのにできた」
「っはぁぁー。ちょっとざわつくようなこと言うなよなーさっきからー」
ホッと胸を撫で下ろした多田先輩が、八島の背中を今度は強く叩いた。
内臓が押し出される感覚を伴いながらえずく。「ちょ、叩き過ぎっス」。
「おい、何してんだ」
高崎先生が早く来いと催促し、ようやっと顧問のところまで駆けつけた。
「お前らは、教えるよりも見て感覚で覚えた方が早そうだな。八島は篠田、多田は岸をよく見とけ。アレがお手本といってもいいだろう」
そういって、八島と多田を置いてベンチ側のコートに戻って行った。
「え、俺ら置き去り?」
「みたいっス」
「んだよ、期待の新星も篠田に負けたかぁ」
「どういうことっスか」
「さっきので篠田が一躍レギュラー争奪戦に名乗りを上げたわけだからなー」
2人は遠巻きにシート練をみるため、その場に腰を下ろした。まだまだ残暑の残る体育館は蒸し器だ。
早速一本目のサーブが打ち込まれる。
それはネットイン(ネットに当たったボールがころっと自陣に落ちる)したボールで、一本目はセッターである岸が触る展開になってしまった。
「篠田! 頼むね」と岸先輩は動じない。予測の難しいボールをできるだけ高く上に上げる。
すると、岸先輩と篠田は完全にポジションを入れ替わり、篠田がセットアップをし始めた。
「おいおい、嘘だろ?! 篠田、セッターも出来んの? つか、どこに上げるんだ? 予測つかねぇ」
「……」
岸先輩は篠田に一本目を任せて、場所を入れ替わると、それで終わりにするのではなく、篠田の方向に走り込んでいた。アレはクイックの走り込みだ。
ベンチ側のブロッカーもセンターに3枚(人)ついて飛んでいる。
「レフト! 低めにいきます!!」
篠田の正解は並行(ネットに並行なトス)で、ブロックは1枚が限界だ。それもタイミングの合っていない、意味をなさないブロックだ。
完全に岸先輩の囮に釣られていた。
レフトスパイカーも言われた通り、速目のテンポを踏んで助走し飛んだ。
ブロックを気にせず打てるということを実感したのか「……ナイストス」とスパイク後にいった。
「やっぱ次元が違うなー! 俺らもあんな風になるまでにどれだけの特訓が必要なんだろうなー。いや、お前はそんなに時間かかんねぇか」
「……いえ。あそこまでのレベルはセンスどうこうの次元じゃないっスよ」
「そうだ。あの状況は普通に考えたら、岸がセッターなんだから、一本目に触れば相手のブロッカーはまず、岸という選択肢を除外するだろう」高崎先生がこちらに歩きながら解説をしだす。
「それにあの見た目だ。スパイク打てなさそうな感じだから尚更だ。なのに、ブロッカーは岸に飛んだ。どうしてかわかるか」
「……それはやっぱり、岸がトリッキーだから釣られて、ですかね」と多田先輩は意見する。
「んーそれもそうかもな。岸は経験豊富で上手だ、という部内の共通認識からバイアスが生じているらしいが、実際に岸のブロックについてみると一番分かりやすいんだけど……んー。答えを言うと、はっきり言って、さっきのプレーの篠田は、確かにいい判断だ。そして、その効果を発揮しているのは岸が、あたかもトスを上げてもらい、打とうという気概を見せたからだ。そもそも、岸の奴今のローテーション(自陣のサーバーが変わる毎に時計回りに1ずつ回っていく)だと後衛だぞ」
篠田も多田も盲点だったらしく、「あ」と声を漏らす。
「中学生にはなかなか伝わんないかなぁ、この凄さ」頭をガシガシとかいて、高崎先生は悔しさを顕にした。
「いや、クイックのようなトリッキーなトスワークが選択肢にあること自体凄いんだけど、岸は岸の役割を全うしていることが凄いんだよ。ブロッカーを少しでも翻弄するために、面倒で体力を消耗するだけの囮を全うしたんだ。俺がこれから打つ、と感じさせたから、現に3枚も釣られたんだ」
「私立に通う君らなら、理解してきたか?」明らかに八島を見ていった。
(……凄いことだけは伝わったっス)
「……はぁ。多田。お前が八島の面倒を見とけよ。成績も。多分コイツ、まぐれでここの中学に受かったぞ」
「え。お前、分かんなかったのか?」
「……」
「頭でプレーするタイプじゃないらしい。直感タイプに理路整然と何言っても伝わんねぇから、多田がフィーリングで俺の言葉を伝えてくれ」
「そんな無茶な」
「お前なぁ、まじでマグレなんか!」多田先輩は項垂れる他なかった。
「っス。俺も未だになんで受かったか……」
「おい……」
「ここ、一応偏差値60超えだぞ……」
「授業大変っス」
「……一緒にテスト勉強しような。赤点のエースなんて、聞こえが悪すぎる」
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