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第四章「好きな香り」《3》
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エレベーターに乗り、来たことのない上の階へと足を踏み入れる。静まり返る廊下を焦れる気持ちを抑えながら、オーナーと一緒に歩く。やがて、たどり着いた扉のカギをオーナーが開けた。
初めて訪れるレイさんの部屋。
俺の部屋とは比べ物にならないほど広くて、白と黒でまとまった家具たちは、どれも重厚な高級感を漂わせていた。
「レイは奥の部屋で寝てる。一応傷の手当てはしたが、どうせ起きたらすぐに外しちまうと思うから、そうなったらお前がまた手当てしてやってくれ」
オーナーは、リビングの机の上に置いてあった救急箱を俺に渡し、俺が「傷……?」と聞き返す間もなく話を続ける。
「それと、これはレイの薬だ。ピルが入ってる。別に発情期じゃねぇし、妊娠はしてないんだが、目が覚めるといつも真っ先に飲みたがるから」
そう言って薬の入ったケースも渡された。中で白い錠剤がカタカタと音を立てる。
「渡すときは一錠だけ出して渡せ。箱ごと渡すと容赦なく全部飲むからな」
そう言って苦笑したオーナーは、不意に真剣な顔をして俺を見据えた。
「リト、あいつのこと好きか?」
昨日、イツキさんに聞かれたのと同じことをオーナーが言う。
「……好きです」
返事をするのはかなり勇気が要った。震えそうになる声でなんとかそう返し、じっとオーナーを見つめる。
「俺もだよ」
予想していなかった返事にびっくりして目を丸くする。そんな俺を見て、オーナーはフッと笑った。
「だから、あいつのこと頼むな」
「え」
「自分を雑に扱うとこあるからさ。死にたがりでホント困るよ」
オーナーは本気で困っているようにそう言って笑うと、キッチンの方へと歩いて行き、換気扇の下でタバコに火をつけた。
「あの……」
どうしていいかわからなくて、救急箱と薬を持ったまま立ち尽くす。オーナーは、「一番奥の部屋だ」とだけ言い、白い煙を吐き出しながらあごでリビングの先にある扉を指した。
聞きたいことも言いたいこともたくさんあったけど、一度それらを全部飲み込んでレイさんがいるという寝室に足を向けた。
寝室の扉を音を立てないように静かに開ける。
入って正面に大きなベッドが置かれており、その上に生きているのか心配になるほど顔色の悪いレイさんが静かに眠っていた。
その表情は寝ているはずなのに、どこか苦しそうだった。
そっとベッドサイドのテーブルに救急箱と薬を置いて、その顔を近くから覗き込む。
「ッ………」
声が出そうになるのをすんでの所で堪えた。
首元にはオメガ用の首輪をしていて、レイさんがアルファを相手にすることに、どれだけ警戒心を持っているかがわかる。その首輪の上から掴まれたのだろう、くっきりと手の形に赤黒い鬱血痕が残っていた。
唇の端は痛々しく切れていて、殴られたのか大きなアザになっている。布団から出ている場所だけでも、あちこちに深く抉られたような歯型が見えた。所々に貼られたガーゼにはわずかに血が滲んでいる。
酷い……。
口から出そうになる言葉をぐっと抑える。
俺が泣いてどうするんだ。一番辛いのはレイさんだぞ……。
熱くなる目頭にギリッと奥歯を噛み締め、心の中で自分に言い聞かせる。
「ン……」
不意にレイさんが魘《うな》されているのか、苦しそうな声を上げた。眉間にシワを寄せ、固く身体を強ばらせている。
「レイさん……?」
静かに声をかけても、起きる様子はない。
布団の隙間から出ていたレイさんの手に触れてみると、驚くほど冷えていて、手首には包帯が巻かれていた。
その手をそっと持ち上げ、ギュッと握りしめる。俺には悪夢に魘されるレイさんを助ける方法がわからない。
「レイさん……」
小さく名前を呼び、その手に頬を擦り寄せた。
しばらくそうしていると、苦しそうだったレイさんの表情が少しだけ和らいだように見えた。再び静かに寝息を立て始めたレイさんの手をそっと離し、一度気持ちを落ち着かせようと静かに寝室を離れた。
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