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第五章「揺れる香り」《6》
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カオルさんの言葉に、レイさんはバツが悪そうに顔を歪める。少しの沈黙のあと、重く深いため息がレイさんの口から吐き出された。
「はぁ……」
どうしていいかわからなくて、レイさんの顔をじっと見つめる。
「……悪かった」
ボソッと呟かれた急な謝罪の言葉と、俺の頬に控えめに触れたレイさんの手の温かさに、思わず泣きそうになった。
「ありがとう、リト。迷惑かけて……ごめんな」
そう言って弱々しく頬を撫でていったレイさんの手を、無意識に掴んでいた。
そのままレイさんの肩におでこを押し付けるように抱きつく。
「ごめんなさいッ、俺、レイさんのこと知りたくて……。レイさんのこと好きだから、もっと色んなこと知って近づきたい。でも、レイさんが話したくないなら、もう聞かないから、ごめん…ごめんなさい」
早口で一気にまくし立てる。泣きそうだったけど、泣きたくなくてギュッと目をつぶった。
また拒絶されるかもしれないと少し身構えたけど、レイさんは俺の背中に空いている方の手を回すと、どこかぎこちない動きでさすってくれる。
「はぁ……とりあえず座っていいか……?」
俺の背中を優しくぽんぽんと叩き、またため息を吐いてから、レイさんはそう言ってぐったりと体重を預けてきた。
レイさんを支えながら、リビングの中央に置かれた黒いソファへと移動する。カオルさんはいつの間にか元のやわらかい雰囲気に戻っていて、慣れた様子でキッチンで何かをし始めた。
「寝てなくていいの……?」
レイさんがゆっくりとソファに座るのに手を貸しつつ、バスローブの隙間から見える痛々しい傷をのぞき見る。
「……平気だ」
身体が痛むのか、そう言うレイさんの表情はどこか辛そうだった。
暖房が効いているから寒くはないんだろうけど、バスローブしか身につけていないレイさんは何だか心許なさそうだ。
ふとソファに座るレイさんの胸元や足が、大きく見えているのに目がいった。それに気づいてしまった瞬間、ドキッと胸が締め付けられる。胸元の痛々しい歯型と首元にくっきりと残る手形の痣が、見てはいけないものに見えた。
一度そういう風に見えてしまうと、赤く腫れている目元も、苦しそうに息を吐く唇も、なんだか色っぽくてドキドキする。
「リト……?」
ソファに座らずにレイさんを見下ろしていた俺を不審に思ったのか、レイさんが上目遣いでこちらを見た。
不安そうに揺れるその瞳と目が合い、カーッと顔が熱くなっていくのを感じる。
「大丈夫か?」
俺を心配したレイさんが手を伸ばしてくる。後ろめたさに思わずその手から逃げるように身を引くと、行き場を失ったその手が寂しそうに空を撫でた。
「ぁッ、俺……」
困惑した顔をするレイさんに何か言おうと思うのに、うまく言葉が出てこない。でも、言えるわけがなかった。傷だらけで苦しそうなレイさんにドキドキしているだなんて。俺が一人でそんなことを考えてるなんて、バレたらまずい。
「何してるの?」
レイさんに何か弁解しようと口をアワアワさせていると、おぼんにマグカップを乗せたカオルさんが近づいてきた。
「レイになんか言われた?」
「……なんで俺が悪い前提なんだよ」
カオルさんが俺の顔を覗き込んでそう言うと、レイさんは不貞腐れたようにそっぽを向いた。
カオルさんは、俺とレイさんの前のローテーブルにそれぞれカップを置くと、大きいソファの隣に置かれた一人がけ用のソファに座った。それに釣られるように、俺もレイさんの隣に静かに腰を下ろす。
湯気が立つマグカップからは、ココアの甘い香りが漂っていた。どうやら、右斜め前に座るカオルさんと、左隣に座るレイさんはコーヒーらしい。
コーヒーが飲めない俺としては嬉しかったけど、もしかして俺って結構子ども扱いされてるんだろうか?
そうは思っても特に口には出さず、「いただきます」と言ってカップを手に取った。
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