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第六章「過去の香り」《12》
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それからのレイは人が変わったようだった。
従順に客に組み敷かれるのではなく、自らもその行為を楽しむように、快楽にのめり込んだ。
ジュリから教わった性技と生まれ持った容姿を駆使して、何人もの客を虜にする。さながら淫魔のようだと人々の間で囁かれた。
いつもオドオドと何かを怖がっていた様が嘘のように、少年と呼ぶには似ても似つかない官能的な雰囲気と香りを纏うようになったレイ。
これまで唯一交流のあったカオルとも、あの日以来一度も顔を合わせてはいない。
レイがボーイとして働き始めた頃から、客たちはこぞってレイを求め、他のボーイやガールたちは指名を取ることが難しくなっていた。
そして、レイが客の身の丈に合わせて、わざわざ自分の値段を下げてまで指名を奪うようになったことで、その状況はより悪化していった。レイはジュリに言われ、他のΩを引きずり下ろすことに手段を選ばなくなっていた。
当然、それに対するΩたちの不満は、すべて当事者であるレイに向けられる。
「お前、ふざけるなよッ!!」
営業時間が過ぎ、外に日が昇り始めた頃だった。
静かな廊下に男の怒号が響き渡る。男の傍らには床に座り込み、咽び泣く女がうずくまっていた。
今にも殴りかかりそうなほど荒々しく肩を上下させる男は、レイの胸ぐらを両手で掴み、特に抵抗する様子もないその顔を睨みつけた。
「お前のせいで俺たちはッ!!」
男に揺さぶられ、無抵抗のレイはガクガクと身体を揺らす。その表情には、怯えも怒りも、不快さえも浮かんではいなかった。
「…………」
ただ黙ったまま、男の顔をじっと見ている。
「……俺らを殺すのがそんなに楽しいかよ」
男の言葉に、床で泣いていた女がより一層泣き声を強めた。
レイは興味がなさそうに視線を彷徨わせ、廊下の先に騒ぎを聞きつけた従業員が向かってきているのを視界に捉えた。
「はぁ……離せよ。シワになる」
未だに自分の胸ぐらを離さない男に向かって、レイは心底面倒そうにそう吐き捨てた。
「この野郎ッ」
瞬間、ガッと大きな音がしてレイが床に倒れ込む。口の中に血の味を感じながら、駆けつけた従業員が男を取り押さえるのを床に座ったまま黙って見上げた。
切れた唇を手で押さえ、レイは感情の読めない表情で彼らを眺めていた。
「許さない……! 絶対に許さないからなッ!!」
男はなおも怒鳴り声をあげ、数人がかりで引きずられていく。女は従業員に腕を引かれて立ち上がると、一度だけレイを振り返り、泣き腫らした目で「人殺しッ……」と鋭くレイを睨んだ。
レイは床に座ったまま、喧騒が遠ざかっていくのを静かに見送った。
彼らの姿が見えなくなってから、レイは小さくため息を吐いて床に手をついた。
「……ほら」
立ち上がろうとしたレイに、手が差し出される。
レイはその手の主を一瞬だけ見ると、その手を借りることなく自分で立ち上がった。
服のホコリを払い、さっさとその場を離れようと歩き出す。しかし、それを阻むように目の前にカオルが立ち塞がった。
「レイ、何やってんの」
聞いたこともないほど、冷たい声だった。
「…………」
レイは変わらず感情の読めない顔をしていて、カオルと目を合わせようとしない。何も言わないレイに痺れを切らし、カオルはレイの腕を強く掴んだ。
「お前ッ! 自分が何してるかわかっ──」
憤りを抑えきれないカオルが怒鳴ると同時に、勢い良くレイがカオルの手を振り払う。レイの突然の行動に、カオルは言いかけていた言葉を飲み込んだ。
「おいッ……」
何も言わずに歩き出すレイをカオルはもう一度止めるが、レイは止まることなくスタスタとその場を立ち去って行った。
レイの頭の中は、自身が四肢を奪われ殺されることへの恐怖と、他のΩを蹴落とさなければ、ジュリに見捨てられてしまうという不安でいっぱいだった。
周りは全て敵に見えていた。
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