アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第六章「過去の香り」《13》
-
部屋に戻ったレイは、殴られた頬の痛みと、それ以上に胸を満たす息苦しさに顔を歪めた。
──自分のやっていることは本当に正しいのだろうか。
不安に揺れる瞳の中で、ジュリがにっこりと微笑む。
「いいの。貴方は何も間違ってないわ……」
ジュリの手が震えるレイを胸に抱き、あやすように後ろ髪を撫でる。
「……いらっしゃい」
泣き出しそうなレイをジュリがベッドへと誘う。レイの心を蝕むように、ジュリは時間をかけて、何度も何度も快楽でレイを従えていった。
四年という月日が経った。
十八歳になったレイはジュリの従順な所有物として、思考も身体もすべてを彼女に委ねていた。
何十人もいたガールとボーイたちは、四年の間に増えては減ってを繰り返し、半分にまでその数を減らした。さながら女王のようにオーナーやαを従えるジュリと、彼女に従順に付き従うレイ。
二人を目当てに、百を容易に超える数の客が凛ヵ館に通いつめていた。
まるで蜘蛛の巣のようだった。
一度触れれば、底無しの快楽が纏わりつき、逃げようともがく身体に絡みつく。その熱を知ってしまえば、もう離れられない。
白色に輝く髪がシーツの上で淫らに舞う様は、客たちを魅了し快楽へと堕とした。何度汚されても、決して穢れないその姿に客たちは夢中だった。
──その日は唐突に訪れる。
バタバタと騒がしい廊下に、野次馬のように集まった従業員やボーイたち。慌ただしく扉が音を立てて開かれれば、変わり果てた姿で彼女は運び出されて行った。
呆気なかった。
人間の欲の限りを尽くし、その美貌でΩの頂点に立ったジュリがこの世を去った。
プレイ中に起きた不運な事故だったと、誰もが口を揃えて言った。
ベッドに寝かされたジュリの遺体をレイは静かに見下ろした。死んでもなお、その美しさは失われてはいない。
「ジュリ……」
レイが小さく名前を呼ぶも、彼女は目を覚まさなかった。レイの手が死んでいるのを確かめるように髪に触れ、青白く染まる頬を撫でる。
「……死んだのか」
そう呟いたレイの顔に、表情は浮かんでいなかった。
人形を彷彿とさせるような、冷たい瞳だった。
ジュリの死は瞬く間に広がった。客たちはこぞって彼女のもとを訪れ、花を贈り、その死を嘆いた。
しかし、ジュリが死んだ次の日には、手のひらを返すようにレイの指名は急増した。彼女を誰よりも溺愛していたオーナーでさえ、レイを可愛がるようになった。
No.1のΩが死んだというのに、店は変わらず営業し繁盛している。
彼らにとってジュリの死は、お気に入りの玩具が一つ壊れたくらいの感覚でしかないのだとレイはベッドの上で客に犯されながら悟った。
母親を失った次の日。
何人もの客にしつこくイかされ、ようやく解放されたのは日が昇ってからだった。重たい身体を引きずるように、レイはあの日以来初めて訪れる扉の前に立っていた。
覚えのある臭いが、レイの頭にあの日の恐怖を思い出させる。
レイは少し迷ったあと、躊躇いがちにドアノブに触れた。ギギギッと嫌な音を立て、開かれた扉から腐敗臭が流れ出てくる。
その懐かしくも不快な臭いに、レイは静かに顔をしかめた。
「ッ………」
部屋の中には、うめき声をあげる手足を失った者たちがいた。買い手待ちのΩが床にいくつも転がされている。心無しか、前に来た時よりもその数が増えているような気がした。
背中を伝う汗。
しばらく立ち竦んでいたレイは、少し経ってようやくその中に足を踏み入れた。
床に横たわる彼らを踏まないように、間を縫って奥へと進んでいく。
部屋中を見回ったが、レイの見覚えのある顔は一人もいなかった。それだけレイは他のΩを気にかけたことがなかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
67 / 119