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12.名前
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男の部屋、自分の部屋、リビングを掃除し終えた僕はふうと息を吐いた。1日何もせずいた日よりずっと晴れ晴れとした気分だ。やっぱり、何かしているといい気持ちなもんなんだな。時間も早く経つし。それが例え知らない男の部屋掃除であっても、洗濯物を干すであっても。何もしないよりはずっと。
何より首に重たい物が付いていないことが僕の気持ちを弾ませた。死にたい、そう思っていたはずなのに、不思議と今の僕はそう思えない。自由を拘束されることで、だんだん見えてくる。僕はもっと何をしたかったのか。自由がどれほど素晴らしいことかと。
「ただいま」
帰ってくる男に僕は駆け寄る。そして、にっこりと笑みを顔に浮かべる。
「おかえりなさい」
すると、スーツ姿をした男がこちらを見て一瞬目を開いた気がした。
「…ああ、ただいま」
「…?」
なんだろ、この男にしては珍しく僕からすっと自分の方から目を逸らした。
「家事してたのか」
「はい、お部屋の掃除をして、少しだけあったお皿も洗って、洗濯物も干して入れて畳んであります」
「そうか」
そうしてネクタイをいつも通り緩ませる男を見ながら、僕はあの…と口を開く。
「なんだ」
僕はずっとこれまで聞かなかったことを聞いてみることにする。
「…えっと、あなたの名前は何なんですか?」
「…は」
「知りたいとかじゃなくって…単純に不便なんです。こうして話をする時とかにも」
あ、知りたいとかじゃない…というのは少し本音過ぎたろうか。もう少し猫を被って発言するべきだったか…そう思いながらちらと男を見ると、男は気にした様子もなく真顔で僕を見ていた。
「…透」
「え?」
「俺の名前、とおる。」
「あ、ああっ」
透、さんか。…ほんとはさん付けなんかしたくないけど。でも呼び捨てもなんか嫌だし、何か違うし、そもそもこの人が怒るか。
「透さん」
「ああ」
…なんか変な感じだ。数週間もこの人といて、未だに名前すら知らなかったなんて。でもそれもそうか、きっかけは誘拐、みたいなものなんだから。僕はまだこの男に身の安全を保証されて一緒に暮らしている、というわけでもないし…。穏やかな空気が流れてはいるが、別に僕はここに居たくている訳では無い、それをよく理解しておかないと。でなければ、この男を信用させるその前に僕がこの男に足元をすくわれてしまう。
「あの、ご飯…いつも出前とか、買ったものばかりですよね。」
「ああ、そうだが。なんだ不服か?」
男ーー透さんの買ってきてくれた高級寿司を食べながら、思いついたように言う僕を透さんはじろっとした目を向け見てくる。…すぐ機嫌を悪くしたような顔をするんだから。別に悪い、なんて誰も言ってないっつーの。
「そうじゃなくて、…料理、僕してもいいですか?」
それは男の信用を得るため、それもあったがそれ以上に僕は単純に料理をしたい、そう思った。暇つぶしにもなるし気も紛れてちょうどいいし。他にやることもないもので。
「お前料理できるのか」
「…そんなに自信はないけど、味噌汁とかハンバーグなら作れます、ダメですか?」
「……」
男が考えるような顔をしている。一体何に悩むというのだ。すると男はしばらくして、許可する。と真顔で言い放った。
「わ、ありがとう…!」
は、しまったついタメ口に。
「但し、作るなら必ず2人分作れよ。」
「え?」
正面の席に座る傲慢な顔をした男を僕はぱちぱちと目を瞬かせて見つめる。
「は、はい…でも透さんの口に合うかどうか…」
いっつも高いものばっか食ってるしこの人。
「多分平気だ。お前の作ったものが相当不味くない限りは」
「…っ、」
失礼な男だなっっ!ほんとムカつく!
「あと、料理の中に変なもん入れたらどうなるか分かってるだろーな。ええ?」
…しねーよ、あんたならやりかねないことだろうけどなっ!
「分かってます」
「それと、買い物は行かなくていいからな。俺が仕事帰りにテキトーに買って帰ってやる」
「…え」
「なんだ」
「い、いえ、ありがとうございます」
……ち、やっぱりまだ外には出させてくれないか。料理をしたいと言ったのは買い物=外に少しでも出られることに期待してたんだけど。逃げようとかじゃなくって、単純にずっと家にいるのが苦痛なんだ。
はあ、と重い息を思わずつく僕を透さんが見るのがわかった。あ、…まずいかな。
「…もう少し様子を見る。」
「え?」
「まだ1人で外には出さない。でも、週末どこか2人で行こう。映画館でも行こうか」
!が、外出許可…!?この男付きなのは非常に不本意だが、何でもいいっ、外に出られる!外の空気を吸える…!
「い、行きます…!」
「変な行動取ったらすぐ家に引き返すかんな」
「、…はーい」
つくづく煩い男だなぁ、そんなこと言われなくても分かってますよーだ…っ!
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