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16.駆け引き
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翌朝を迎えた。
自分の部屋にある鏡を見てみると、目元が悲惨なことになっていた。…これもそれも全部あの男のせいだ。別に誰とも顔を合わせないから、いいけど…あの男以外とは。
「おはよう」
階下へ降りると、男は食卓に足をクロスして座って優雅にコーヒーを飲んでいた。僕はそれを見て思わず男から顔を背け、眉を寄せる。
「おお?朝から元気だな、俺に反抗してくるとは。その様子だと熱は下がったみたいだな」
…!しまった、これじゃあダメだ。
こんなことしてたら、いつまで経ってもここから出られないじゃないか。媚びを売るまででなくとも、男との信頼関係を築かなければ、そうでなければこの男は僕を何が何でも絶対に逃がさないだろう。信じ込ませるんだ、信じ込ませるんだ。ここから出るんだ。
「…なんだ?俺に怒ってるんじゃないのか」
黙って男の前の席に座る僕を見て男はコーヒーを飲む手を止める。
「…そうですね。でもそんなことで怒ってても仕方ない」
「…」
「僕が間違ってました。透さんは、いつも働いてくれてるのに、僕は何もしていないのに、威勢のいいことばかり…。ごめんなさい」
「…凛人」
目を伏せる僕を見て男の少し感情のこもった声が聞こえる。僕は悲しげに眉を下へとさげた。
「だけど…透さんに僕の気持ちをわかって欲しかったんです。どうせここであなたと一生暮らしていくんだ、だったら…僕のこともっと分かって欲しくて」
「…そうだったのか」
こくん、と僕は儚げに頭を小さく頷かせる。
「悪かった凛人、俺も悪いと思ってる。…手まであげちまって」
男のばつの悪そうな声を聞き僕はゆっくりと顔を上げる。
「だけどお前の言う通りにはできない。」
「…」
「その代わり、それ以外の事だったら何でも叶えてやる。お前の欲しいものを、何でも与えてやるぞ。だからもう、昨夜みたいなことは二度と言わないでくれ」
男の手が僕の頬を撫でながらそう言った。僕は離れてゆく男の手にそっと瞼を閉じながら口元を震わせた。
「……分かりました。もう二度とあんなことは言いません」
「凛人」
僕はそうして、離れてゆく男の手をぐっと掴み握りながら言った。
「欲しいものって、何でもいいんですよね?」
「え?」
ぎゅっと男の手を握りしめながら言うと、男の瞳が揺らいだ。
「…あ、ああ。もちろん何でもいい、何でもやるぞ。お前が望むものなら」
男の言葉に僕は男には見えない角度でふ、と笑った。
「じゃあ……携帯をください」
「…え」
「僕にスマホを与えてくれませんか。毎日毎日家にいるのも暇なんです」
困った顔をして言う僕を、男は少々怪訝そうに見つめる。
「…家事をすると言ってたじゃないか」
「もちろん家事もします。でも、それだけじゃ全然埋まらないんです。それにスマホ1つあれば、僕ももうここから出ようなんて思わないかなって」
「…何故?」
「僕実は、スマホでやるゲームが大好きなんです。今はあなたもご存知の通り色々あって自分のスマホすら持ってない、所持金0の情けない男ですけど…はは」
自嘲気味に笑ってみせると、男はしばし寂しげな雰囲気を見せる僕を見た。
「……」
「……駄目ですか…?」
「……っ」
すると、しばらくして男がガタンっと立ち上がった。僕はそれに一瞬びくっと体を揺らす。
「……ち、……分かったよ。」
!!
「ほ、ほんとですかっ?」
嘘、こんなに簡単にスマホ=逃げ出せそうなアイテムが手に入るなんて!
「但し、お前に渡すのは俺のスマホだ」
「……え」
俺の…?
「金は腐るほどあるから別にスマホなんていくらでも買えるがな。でもお前専用の携帯なんて持たせないぞ」
「…っ」
…やっぱりそう簡単にはいかないか。
「ほら。俺のスマホだ」
「…!…と、透さんの…」
「俺は他に3台くらい持ってるから、平気だ」
さ、3台…!?は、意味わかんねえ…!複数サブ垢作ってゲームするでもねえのに、何で3台!?
「なんだ」
「べ、べつに」
「それからゲーム以外でそのスマホを使うなよ。例えば、友達に電話したり、」
ギクッ
「SNSを使って助けてください、と言ったり」
ギク…
「まあ、そんなことしたところでお前は俺から逃げられないがな」
ふっと笑う男に僕は瞳を泳がす。
「な、なんで」
「もし万一お前がそんなことをすれば俺はお前の友達をも許さないし、SNS上で助けを呼んで誰かが来たとしても、金で黙らせてやるのみさ」
「……!」
な、なんて男なんだ……っ!
「が、その前にそんなことをしたらどうなるか分かってるよな?」
びく…
「え…」
こちらに近づいてくる男に僕は席を立ち上がり、足を後ろに下げていく。そのうちどんっと背中が硬い壁に当たり、僕はハッとして目の前にいる男を目を大きくして見上げた。
「…妙なことを考えてスマホをくれなんて言ったんだとしたら…俺はお前を許さないぞ、凛人」
「……っ」
な……なんて怖い顔をするの、……体が恐怖で固まって動けない。この人の中にまるで別の何か恐ろしいものが住んでいるみたいに、この人はたまに信じられないほど恐ろしい顔をしてくることがある。
「俺はお前を信じてるぞ。だから与えるんだ」
「……」
「ここにいる方がお前にとってメリットも多いはずだ。お前の居るべき場所はどこか、よく考えるんだな」
僕は男が目の前から離れていくのを見て、恐怖で震えていた足をガクンっとさせて床にぺたりと尻もちをついた。
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