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29.亀裂
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「…わたし、やっと気づいたの。あなたのこと誤解してたっ、あなたは本当は私のこといつもいつも優しく想ってくれていたのに…なのにわたし気づけなくて…ずっと」
「…愛花…」
「わたし、わたしもあなたのことが好きっ!好き、好きなの、あなたのことがーー」
昼ドラをソファに座りながらぼーと見ていた僕ははあ、と軽い息をついた。主婦生活がさまになってきたなぁほんと…もう慣れてきちゃってるし。最近はあの人からそんなに身の危険を感じるほど怖いこともないし、逃げる必要もそんなにないかな、みたいなことも思ったりしてるし。
………てっっ、駄目だよ!!!
あの人の傍にいる以上、僕はずっとこの檻の中なんだよ!!そんなのいやだ!目を覚ますんだっ!あの人の許可がなければ外にも行けないなんて、そんなのおかしすぎる…!
「あいつの作戦に騙されるな〜っ」
僕は自らの頬をぱちぱちと軽く叩いてソファからすっくと立ち上がる。それから洗い物をしようとキッチンに向かって、ふと左の先にある玄関先の方を見つめて今朝の出来事を頭に思い出した。
…
『凛人、こんな朝早く起きて俺の見送りしてくれるなんてどうした?俺はすげー嬉しいけど』
『…っ、…いつまでも朝寝てだらだら過ごしてるのは良くないと思って、ただそれだけです。』
『へ〜え』
『っ、ていうかっ僕だってあなたの見送りしたくて起きたわけじゃないんです!あなたが無理やり僕に鞄を持たせて来たんでしょう!?』
『働きに出る俺へのお前の務めだろ』
『何…!?何言って!』
『ほら鞄くれ』
『……っっ、はいっどうぞ!』
『凛人』
『え?…わっっ!!な、何するのっ!や、やめてっ離して!』
『ちっ、キスくらいケチんなよ初めてじゃあるまいし』
『…!な…』
『まあいい。行ってくる、じゃあな』
…ああほんと、思い出しただけでもムカつく。何であの男ってあんなに自己中なんだろ、信じらんないよ。まあ、もっと腹立たしいのは、あんな男の言いつけをきちんと守ってこの家で家事をしてる僕自身だけど。はあ、いい加減こんな生活どうにかしないととは思っているんだけど、中々いい逃走作戦が思いつかないんだよ。…もう冬になっちゃうよ。
…冬、かぁ…。冬になったら鍋でもしようかな。そうだ、もう最近だってかなり寒いもんね、今年は雪は降るのかな。あ、透さんって鍋好きかな…。
「…………じゃ、なくてっ!」
何で油断してるとすぐあの人のこと無意識に考えちゃうんだろっっ、ほんとに僕末期だよっ…!洗脳ってほんとに怖いなっ!違うこと考えなきゃっっ!違うこと……!
…あ。
僕は皿を洗っていたスポンジを持つ手をふと止めた。そういえば、“ えいすけくん”、元気にしてるかな。土日はスマホを触れなくなっちゃったし、今朝もあのゲーム開いてない。平日は仕事でいないから話せないし、夜…となると透さんも当然いるからあんまり落ち着いて開けないし。それなりに仲良くしていた人だったから、このまま疎遠になっちゃうのも気が引ける。でももうそんなに話せない気がするから、今日あたりお別れのメッセージでもしようかな。
気さくな良い人だったし、ほんとは、もっと色んなこと話してみたかったんだけどな…。
「ただいま」
「おかえりなさい」
夜、透さんを出迎えながら僕は当然のようにスっと透さんに渡される鞄を少々むっとしながらも手に取る。
「今日も家でいい子にしてたか?」
「…してなかったらここにいません。」
透さんの鞄を持って透さんに付いて歩きながら不服そうに口を開く。
「そうだ、もうすぐクリスマスや年越しがあるだろ。凛人、お前欲しい物ないか」
「…えっ」
僕ってば現金だな。思わずちらと顔を見上げると透さんがニヤリとした顔つきで僕を見ており、慌てて目を逸らす。まんまとこいつの読み通りに反応してしまった…っ。
「べ、別にっ」
「ふーん。服でも財布でも何でもいいんだぞ」
でもこの家からは出してくれないんだろ…。それにお金もないのに財布なんていらない。欲しい物なんて…何も。
「また今度イルミネーションでも見に行こう、あったかい服着るんだぞ」
「…う、うん」
透さんにぽんぽんと頭を撫でられる感触に不覚にもドキリとする。不意にこの人から優しい手で触れられると心臓が乱れる。でもこれ、この人の作戦でも何でもないと思うんだ。多分きっと、この優しい手をするのもこの人の素で、時折怖いあの表情をするあれもこの人の素なんだ。最近、だんだんこの人のことが分かってきたんだ…僕。
ー
[えいすけくん、少し話がある]
[リンさん、どうしたの?]
夜、リビングのソファに座りながら僕はたたっと文字を打って彼に送る。
[うん…あのね、もうこのゲームやめようかと思う]
[えっっ、なんで!?]
[土日はスマホを触れなくなっちゃったの。平日夜少しできるけど、でももうやめた方がいいかなって]
[…親にでも怒られた?]
ドキ
[違うよ!えいすけくんごめんね。ほんとはもっと話しかったよ]
[…俺もだよ。俺、リンさんのこともっと知りたい]
[え?]
[リンさん電話できない?LIN〇でも何でも交換できないかな]
[…それは]
できない。そんなことしたら、…透さんに1発でバレて終わりだ。履歴から削除したらバレないのかもしれないが、でも、もし万一バレたら僕共々彼まで窮地に追い込まれる気がする…。
[ごめん、電話もLIN〇も出来ない。]
[そうか…]
[うん]
えいすけくん落ち込んだかな。僕だってもっと色々話したいけど、でもそんなことをしたら…。
[リンさん、じゃあ1度だけ会えない?]
[えっっ]
すると、えいすけくんから送られる予想だにしないメッセージの文字に僕は目を丸くさせる。会えない?って…
[ど、どうしたの?何でそんなことを…?]
[突然ごめんね。でもどうしてもこのままリンさんと終わりになるのが嫌で諦めきれなくて]
諦めきれない…?何の話…?
[えいすけくん、諦めきれないってなに…?]
すると、少し間があって、えいすけくんから送られたメッセージに僕は目を開いた。
[俺、リンさんのこと好きなのかもしれない。]
えっ……ちょっとまって、何でこんなことになってるのっ?!
[ま、まって、だって…会ったこともないのに、顔も声も知らないのに]
[だから、1度会いたいんだ。会って、話して、ほんとに好きかどうか確かめたい。]
そんな…。だめだそんなこと、絶対できない。第一僕は透さん以外の人と話すことは現段階で許されていない。あの人の言うことを聞くのは癪だが、でもだめ。だって、僕は知ってるから。あの人が怒ったらどれだけ怖いか、あの悪魔のような怖い目に僕が何度体を恐怖で震わせたかー
[…えいすけくんできない、会うことだけは絶対でき]
その時、ソファに座る僕の後ろから微かに音がして、それにハッとして振り向こうとした時にはスマホを男の手に奪われていた。
「……!!と……とおる、さん…」
風呂から出たのだろう透さんの髪からぽたぽたと雫が床に向かって落ちている。垂れた黒い前髪の下からは僕を睨む怖い目があった。……どうして。
「何してた」
「……げ、げーむ」
「こいつは誰だ、いつから話してた、…会いたいってなんだ…?」
だめ………!駄目だっっ……バレてる、全部バレてる…!
嘘だ、まさか僕の後ろからそっと近づいて画面の中を見てたの?…どうしてこんな最悪のタイミングで……。だって、部屋にこもってやったら、透さん、怒ると思って…だからここでしてたのに、もう今日で終わるつもりだったのに…っ、やめるつもりだった、だから彼にもそう話したのに、なのに、なのにどうして…!?
どうしてこうなるの……!?
「!……いやっっ!」
透さんに腕を掴まれる。声を上げると、透さんがこれまで見たことないとても恐ろしい目つきで僕を見ていた。外で一瞬ピカッと光るそれは恐らく雷だった。そういえば、今夜は嵐になると天気予報で言っていたことを僕はその恐ろしい顔をする男を見て小刻みに恐怖で体を震わせながら思い出すのであった。
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