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35.媚びを売る
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ー
「で。お前の名前は?」
「……え」
店に入り、足をクロスして席に座る透さんがコーヒーを手にしながらえいすけくんを見て言った。わ、分かってたけど、空気が重いな…っ。透さんがこの調子だから当たり前だけど彼に他愛もない話をして笑い合うことも出来ない。ていうかえいすけくんは完全にただのとばっちりだよ、僕がどうにかしなきゃ。
「ぼ、僕達から紹介しようよ、ね!」
「はぁ?」
うわあ、何なんだよこの人…っ、頼むから見るからに険悪な雰囲気醸し出すのやめてくれないかな、彼だってわけも分からず怖がるだけだ。とにかく早く話を済ませて彼を無事に家に帰らせないと…。
「僕の名前は月草 凛人、それで隣に座ってるのは透さんって言って、それで…」
〝『俺たちは恋人同士だってちゃんと言えよ』〟
「えっと、その…」
続きを言うのに躊躇っていると、隣に座る透さんに肩を抱き寄せられた。
「ちょ…っ」
「俺たち付き合ってるんだ。」
!!
…堂々と言いやがったよこの人。実際付き合ってなんかないのに。
「え、…そうだったんですか?」
どう答えればいいのか戸惑う様子の彼を見るも、僕はどうにもできないまま透さんに体を引き寄せられたまま頭を軽く撫でられる。
「ああ、だから驚いたんだよな。こいつがあんたと何やら好きとか会いたいとか、ゲームの中で話してたらしいから」
…!…この人、そんなことわざわざ言って、彼に謝らせる気…?
僕の頭を撫でながらほんの少し笑って、透さんが彼に話を続ける。
「困るんだよな、勝手に人のもんに手出されると」
「……す…すみません」
「…!」
えいすけくん、青い顔して俯いちゃってる…。当然だ、突然見知らぬ人に会って突然見知らぬ人に人のものに手を出すなと強めに責められている。きっと、わけがわからない状態になっているに決まっている。そもそも、僕は彼に手なんて出されていないのに。…何も悪くないのに、彼は。
「それで?あんたの名前は?」
「…戸田 永祐です」
「歳は」
「20歳、です」
コーヒーを飲みながら彼にそう尋ねていた透さんは、後に口からコーヒーを離しながら、はっと乾いた声で笑った。
「20歳ぃ?正真正銘のガキじゃねーかよ、はははっ」
「……で、でも、一応成人してますけど、…これでも」
!
…永祐くんが言い返した、この透さん相手に。でも、まずったんじゃないかな…。ちら、と恐る恐る彼の方に顔を上げると、永祐くんは若干体を震わせながらも透さんのことを真っ直ぐな目で見つめ返していた。……この人、見た目よりずっと度胸あるのかもしれない…。
しかし、そう思っていた矢先透さんが持っていたコーヒーのコップを突然机の上にダンっと置いた。僕と彼は、それに恐らくほぼ同時に体をビクッと震わせた。
「…言うじゃねえか。」
「……」
「けど、お前みたいなやつにこいつは守れねーよ。手引きな」
透さんがスっとした目で彼の顔を見て言った。永祐くん…、とても度胸のある子なんだということは分かった。でも、駄目だよ。透さんにこれ以上歯向かうようなことを言っては、絶対に…。絶対、だめだよ。お願い、変なこと何も言わないで。
「……はい。」
…!祈るような気持ちで彼を見ていた僕は、後に聞こえた永祐くんの返事にほっと安堵する。まあそもそも、僕が男な時点で彼の気持ちはもう僕に向いてなどなかったと思うけど。とにかく良かった…一件落着だ。本当は彼とは友達になりたかったけど…でも、言えない。もうそんなこと…。
「…あ、僕パンケーキでも頼もうかなっ!透さん頼んでもいい?」
「ああ」
メニュー表を開きながら僕は笑顔を浮かべて透さんに尋ねる。よし、あとはこの人の機嫌を損ねないようにひたすら愛想良くして媚びを売るだけだ。これにて今日の任務は完了。本当はこんなことやりたくないけど、でも彼を何事もなく家に帰らせなきゃ。自分が撒いた種なんだし…。
「久しぶりに食べたなこんなに美味しいの、また来たいな」
「いつでも連れてきてやるよ」
フォークとナイフを手に笑いながら僕がそう言った時、透さんの顔がふと近づいてきて、ちゅ、と僕の唇に自分の唇を当ててきた。僕は透さんの唇がゆっくりと離れていく視界の中で、こちらを見て驚いたような顔で凝視する彼の顔を見た。
……なんて性格悪いんだろう、この人。
「…やめてよ」
もう彼が男の僕に気は無いことくらい分かってるだろうに。なのに、何でわざわざこんなこと彼の前でするんだ。僕は唇をぐっと手で拭う。
「恥ずかしがるなよ。先週はこれ以上のことたくさんしたのにさ」
僕の耳元で話しながら、透さんが笑うのがわかった。僕はそれにカッと顔を赤く染め、透さんの方に振り向きながら眉を強く寄せた。
「…今そんな話する必要ないよねっ」
「顔が真っ赤だぞ凛人。熱でもあるのか?」
この人ってほんとに…。どうして、そんなことばっかり言って、僕をひたすらに困らせようとするんだよ…。本当に嫌いだ、僕はこの人が。僕、何で一瞬でもこの人を好きになりかけてるなんて思ったんだろう。何で僕、この人にあんなに簡単に体を許して…。本当に、どうして…。
僕はきゅっと唇を引き締める。
「あんたってほんとに性格悪いよ…」
震える手でフォークを手にし俯く僕を、目の前にいた彼はどんな目で見ていただろう。
「ふ、悪くて結構。褒め言葉だな」
肩に置かれる透さんの手を振り解けない。媚びを売るってことが、こんなに悔しくて惨めになるものだったなんて。だけどこれでよかった。これで丸く収まったから。彼を無事に家に帰らせることが僕の目的だったから。
永祐くん…巻き込んでしまってごめんね。すぐ、すぐ帰らせてあげるからね、だからもう少しだけ、時間が流れるのを待っていて…。もう、すぐ解放されるから…。ごめんね、全部僕のせいなんだ。
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