アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
39.甘い林檎(透side)
-
ー
「透」
資料を目にしていた時、ふと見知った声が聞こえちらと目線だけをそちらに向ける。
「なんだ」
スっと紙をめくり羅列する文字を読み込んでいる俺の横を歩き、いいや?と学生の頃から腐れ縁で顔馴染みの朔夜(サクヤ)が、軽く眼鏡を掛け直しながら言った。
「なんかお前、今日らしくなかったからさ。」
「…はあ?」
らしくなかった?
「くだらねえ」
「まあ〜お前はそう言うだろうと思ったけどさ、ここで働いてるお前の社員たちはそれはそれはもうお前の異変にいち早く気づいて皆好き勝手に噂してたぜ〜、いや笑ったなぁその噂の内容には」
「不愉快だ。帰れ」
「まあ聞けよ、俺は何もお前をからかおうとわざわざここに来たんじゃないんだぜ。ちょっとした忠告さ」
部屋の窓を開けて、勝手に煙草を吸っている奴を見て、俺ははあと深い息をつく。
「勝手にここで吸うな。いい加減クビにするぞ」
「すぐ終わらせるって」
奴の向こう側に見える外の景色は既に暗い。冬だからというのもあるが、今日は少し仕事が長引いた。
「お前、例の子部屋に監禁してるんだって?」
帰ろうと椅子を引いて立ち上がった時、煙草を口から離して朔夜が口をほんの少し上にあげながらどこか楽しそうに笑って言った。
「…監禁してるわけじゃない」
再びドサッと椅子に座る俺に向かって、へーえと言う奴はニヤニヤとした表情を顔に浮かべている。
「まあ口出しするつもりはねえけど、あんまり拘束してっとその内逃げられるぞ。お前金もあるし顔もいいけど、やることおっかないからな」
「…お前はそんなことわざわざ言いに来たのか。よほど暇なんだな」
「ちげーよ、忠告って言ったろ。お前がその子を犯そうが閉じ込めようがどーでもいいけどさ、会社にまで悪影響を及ぼすようなことはすんなよってこと」
「俺がいつ影響を及ぼした?」
「これからそうなるようなことすんなよってことだよ。大体、今日いつにもなく珍しくぼうっとしてたのだって、大方その子関係なんだろう?」
「…別に違う」
「すげーよなぁ。お前をそうまでさせる子って一体どんな子だよ、俺興味あるなぁ。写真見せて♪」
「持ってない。とっとと俺の視界から失せろ」
…忠告?会社?…そんなの知るか。俺にはそれ以上に大事なものがある。それで一体何が悪い?
「ただいま」
家に帰ると、玄関先からは凛人の姿は見えなかった。ドアを締め、靴を脱ぎ、上着も脱がずに周囲を見渡しながら部屋の中へとずんずん進んでいく。
いないな。自分の部屋か?
ガチャっと凛人の部屋を開ける。するとベッドの上に横たわって眠る凛人の姿があった。
「…凛人」
首輪を嵌めたままスヤスヤと眠る凛人の元に俺は誘われるように足を進めた。頬に手を添えると、ほんのり温かかった。よく見ると口の端が切れている。…俺がつけた傷だ。
「…!!」
すると、俺の気配を察知したのか凛人が突然目を覚まし、目の前にいる俺を見るなり警戒するように瞬時に体を後退させた。俺を見、威嚇するように睨み見てくる様は、まるで毛の逆立った猫のようだ。
「…な、何か用ですか」
「…」
布団を掴むその手はぶるぶると震えている。俺はスっと凛人から目を逸らした。
「別に」
「…」
「夜飯作ってくれなかったのか」
そう言いストン、と凛人のベッドに腰掛ける。凛人は俺から目を逸らし何か言いたげに唇を曲げている。
「…あなたに今ご飯なんか作ったらきっと僕毒を盛ってあなたを殺してるよ」
微かに体を震わせて言う凛人のひょんな発言に俺は目を一瞬大きくする。毒?
「…はっ」
「な、何がおかしいんだよっ!」
声を出して笑う俺を不愉快そうに凛人が睨む。
あまりに見た目に合わないようなことを言うので思わず笑ってしまった。
「できるものならやってみろ」
「!…言ったなっ?本当にやるからな!」
「お前がそんな器用に毒を料理の中に紛れ込ませられるとは思えないからな。」
するとふい、と顔を背けあからさまに怒ったようにベッドに布団を被って横たわる凛人を見て、俺は上げていた口角を下げた。
「…凛人、昨日のことだが」
「…」
「ごめん。止められなかった」
「…」
「でも、もうあんなこと言わないでくれ。俺にいくら歯向かってもいいから、他の奴の名前を俺の前で出さないでくれ、他の男の話をするな」
すると、横になっていた凛人が布団からモゾモゾと動き起き上がるのが分かった。
「…じゃあ首輪を外して」
「…え」
じっと見つめてくる凛人の大きく澄んだ瞳にドクンと心臓が跳ねる。
何だか…変だ…。いつもの凛人じゃない。今日は、なんだかー
「透さんの言う通りにする。だからこれを外して。透さんだけ何でも叶うのはおかしいでしょ」
「!……凛人、本気か?」
俺の言う通りに、本当に?つまりそれは、俺を受け入れてくれると……いうことか?
いや、…飛躍しすぎか?けれど…そういう意味なんだと、目の前の素直な凛人の姿を見ていると勝手にそう思えてきてしまう。
凛人のぷくりとした赤い唇がうん、と言い微かに動いた。
「…僕覚悟を決めたよ、あなたと一緒にいる。ずっと、透さんといるって決めた。くす、僕の負けだよ」
「!」
そんな、まさか。凛人が…俺といる、と?
笑う凛人の姿を俺はその場に固まったまま暫し凝視する。嘘だ、こんなこと全部、…夢に決まってー
「どうしたの?」
「……えっ」
「もう僕はあなたのものなんだよ。」
「……りんー」
「でも、昨日みたいにあんまり強引なのは嫌だな。もっと優しくして?」
凛人に体を引き寄せられ、手をベッドに着く俺の耳傍で、凛人の甘い声に囁かれる。
「……っ」
「わっっ!」
俺は我慢できず、凛人をベッドにそのままドサッと押し倒す。それに凛人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにこやかなものへと変えた。
「びっくりしたよ」
「ごめん…。これ…外すよ、首輪。凛人、俺、お前が好きだ」
「僕もだよ。ううん、ほんとはまだよく分からないんだ。透さん次第かな…」
「これからはもう、お前に必ず優しくするよ。お前を傷つけない、手を上げたりしないよ、大事にする。大切にする……。凛人、…愛してる。」
それから俺はその日、多分これまで生きてきた人生の中で1番、幸福な時を過ごした。ずっと嫌われてると思ってた。ずっと手に入るわけないと、そう。でも、…やっと手に入れた。ずっと欲しかったものを、今日。
「透さん…もう…」
「凛人、もっと、もっとだ…こんなのじゃ足りない。」
甘い……。凛人の体はどこもかしこも甘い林檎のようで、何度舐めて飲み込んでもまたすぐに貪るように味わいたくなる。……まるで麻薬だ。もっと、もっと……味わっていたい。
「透さん…」
凛人の甘い声が脳に響く。ああ、なんて幸せな日だ。幸せすぎて、ほんの少し吐き気がするほどに。
「愛してる、凛人」
愛してる、愛してる……。もう離さない、お前をやっと、俺は…手に入れたんだ…ーーーー
ーーー
「……凛、人……?」
…なんて、そう思ってたのは俺だけだったことを思い知るのはそのちょうど1週間後のことだった。
仕事から帰ったその日、凛人の姿はどこにもなかった。
俺はそれがわかった時、一瞬の目眩を覚えながら、その場に崩れるように体を下に落とした。
…うそだ……どこに……どこに…
〝あなたと一緒にいる。ずっと、透さんといるって決めた〟
「…凛人っっ!!!!!」
認めよう。
俺は凛人に、隙をつかれたんだということを。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
40 / 178