アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
40.脱走
-
ーー
平日の午後の昼下がり。僕はそのとき、彼といた。
「り、リンさん、その…突然すみません、いくらあなたを助けたいからって言って、こんな半ば強引なやり方をして…」
あの日とは違う、男の家とは随分離れた場所にある喫茶店で、テーブルの上に置いたホットココアの湯気が上がるその向こう側で、正面に座る永祐くんが僕を見てどこか必死にそう言った。
「ううん。」
僕はそれに、ほんのり口元を緩ませ、永祐くんと同じホットココアをゆっくりと口にした。店の中から見える外の様子は、曇り空で、とても寒そう。
「そういえば、どうして僕達の住んでるところ、分かったの?」
「え?…ああ、それはあの後帰ったフリして2人の後つけてたんで。」
「そ、そうだったの?」
「あっ!ち、ちがっ、すっ、ストーカーとかっ、そんなつもりじゃなくて!!…ただ、2人、何かある気がして」
「それは気にしてないけど…その、今日って平日だよね?先週のあの日も…。永祐くん、会社は?」
「ああ、それは…有給使ったんで、大丈夫っす」
「え…」
…永祐くん…。
「……ありがとね」
「え…」
「気づいてくれて」
僕はにこ、と彼に向かって笑った。
もう、全てのものから見放されてた気がしてた。でも、彼は気づいてくれていたんだ。僕の心の声を。
「…リンさん」
「なに?」
店内は騒がしくない程度に人の会話する声が聞こえた。…今って、何月だっけ。
「俺に…もしよかったらでいいんですけど」
「…」
「教えてくれませんか。何があったのか。俺、ほんとに…リンさんのこと、救いたいんです。」
永祐くんが真っ直ぐな瞳で僕を見て言った。
僕にはない、ずっと生真面目で誠実なところを彼は持っている。…それに僕より歳下の彼の方がずっとずっと頼もしい。ほんの少ししか会って話していないのに、それがひしひしと伝わってくる。
「…君の家に行ったら話そうかな」
「えっ」
ポツリと呟くように言う僕の言葉に永祐くんが顔を上げる。
「今は、話したくないんだ。ごめん」
「…」
「君の話を聞かせてよ。僕、笑いたいんだ。面白可笑しいことをして、何も考えずに、…ただ、笑っていたい」
「…リンさん」
僕は冬の空を見つめた。
いつの間にかこんなに寒い季節になった。
僕は体にまだ残るあの人の感触に強く目を瞑って知らないふりをした。あの人はずるい。
悪魔のように怖いのに、そのくせ僕を甘すぎる程に甘やかしてくる。…あんなふうに抱いてくるなんて、あの人は一体どこまで鬼畜なんだ。仕掛けたのは僕の方だが、でもやっぱりやらなければよかった。
あんなにあの人の愛情を感じるセックスなんて、やらなければよかった…。
あなたが僕を苦しめる。あなたの気まぐれが、その複雑そうでいて単純めいた性格が、僕を理不尽に傷つける。僕が悪いのか?あんたが悪いのか、そんなことは今はもうどうだっていい。
僕の傍に今、あなたはいないのだから。
夜、永祐くんが連れて行ってくれたのは二階建ての家だった。
「俺実家暮らしで…、すみません、過ごしにくいですよね。明日休みだったらどっか行って泊まったり全然できるんだけど…、流石にもう会社休めなくって」
目を逸らし気まずそうに話す永祐くんに、僕は首を振る。
「なんで?ここが君の住んでるところでしょう」
「…そうですけど」
「永祐くんのお母さんたちってどんな人だろう?きっと優しい人なんだろうな」
永祐くんは笑う僕を見て、照れたように頭を掻きながら、どうぞと家のドアを開けてくれた。
「永祐おかえり…ってあんた、その子は?」
「えーと…友達…」
手を自分の頭の上に置いたまま目線を横にズラす永祐くん。
「友達ってあんた…それにしても随分とまあ小綺麗な子ね。」
「!お、おいやめろよそういうこと言うの!俺ら、…2階に行くから」
永祐くんに肩を抱かれ、僕は永祐くんのお母さんにお邪魔しますと言い、ぺこりと1度頭を下げてから彼と2階に向かった。
「ここが俺の部屋です。」
彼の部屋は彼の歳の割にはかなり片付いた綺麗な部屋だった。
「へえ」
「と、とりあえず、ここに座ってください」
部屋の真ん中に置いてあるテーブルの前にクッションを置いてくれる永祐くん。
「ありがとう」
「いや…ていうか、何か飲みますか?さっきと同じココアとかで…」
「永祐くん」
部屋を出ていこうとする永祐くんを呼び止める。
彼は僕の方にゆっくりと振り返った。
「…僕の話をする。隣に座ってくれるかな」
永祐くんがこちらを向いてほんの少し目を開いた。上手くまとまるかどうかは分からない。でも僕の過去を話そう。今まであったこと全てを。
…包み隠さず。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
41 / 178