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50.無意識の言葉
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次の日、ホテルの部屋を出てカウンターでチェックアウトを済ませる透さんの隣に僕は立っていた。
「よし、帰ろう。」
透さんのコートを着せられた僕は、透さんにそのまま肩に手を回され、2人並んでホテルの出口に向かって歩く。そんなに重症なつもりはなかったのに、なんだか本当に頭が痛くなってきた。薬も飲んだのにな。
僕、本当に…弱っちゃったんだな。
ハァハァと眉を下げ熱い息を吐きながら歩く僕の肩を抱きながら透さんが振り返り僕を見る。
「辛いのか」
目の前に僕を心配するような顔をした透さんの表情が映る。まさか、この人が僕のことを本心で心配しているわけがないのに。
「う、ううん。平気」
「凛人、早く帰ろう。一晩安静にしてベッドできちんと寝てればすぐ治るから」
「…うん」
僕から顔を前に向き直った透さんの僕の肩を抱く手に少しだけ力がこもった。
…透さん、どうしたんだろう?まさかほんとに僕のことを心配してる?そんなわけないよね。…そうだよね。でも、ならばどうして?そんなに焦った表情が入れ混じった顔をして。透さんに抱かれる手から、体から、どことなく感じる透さんの動揺。……ただの気のせい?
僕がこの間熱を出したあの時も、透さんはこんなような顔をしていた。僕云々ではなく、飼い犬が病気をしてしまった、という感覚なのだろうか。…僕にはよく、分からない。この人が本当は何を考えているか、なんて。
分かるはずもないんだ、…この人のことなんて。
「よかった。大分落ち着いてきたみたいだ」
家に帰り、僕をベッドに寝かせるすぐ傍で体温計を手にする透さんが、ほんの少し安堵するような顔でそう言った。
「…と、透さ」
「寝てろよ」
ドキ
透さんの手にサラ、と前髪を触れられた。それにぎゅっと目を瞑り、再び恐る恐る目を開ける僕の目の前には、優しい表情で笑いかける透さんの姿があった。
こんな表情、…いつぶりだ?この男がこんなに優しい顔をするなんて、本当にまるで別人のようだ。
「何だよ。鳩が豆鉄砲喰らったような顔して」
しかし、それは一瞬で消え去った。次に男を見た時には、もうそこにさっき見たはずの優しい笑みなど浮かんでいなかった。怪訝そうな、不機嫌そうな普段通りの顔つきの透さんがいた。…幻覚かな。実際今あまり体調も良くないし。
「あれ?透さんどこか行くの?」
僕の頭に触れていた透さんの手が離れ、ふと部屋を出ていこうとする透さんの後ろ姿を見て僕は尋ねる。それはすごく無意識に。
「……凛人」
………ハッ……
少しだけ瞳を大きくしてこちらを見る透さんの顔を見て僕はそこでようやく自分のしたことに気づいた。
僕、今…この人に何を言おうとしていた……?
「…まさか、もしかしてお前……俺に傍についててほしいのか…?」
「!」
透さんがそう言いながらベッドに横になる僕の元まで戻ってくる。
ちがう…違う…、自分でも勝手に口走ってて…
「…っそんなんじゃない」
分からない。もう何も分からない。罠なのか、とか、本心なのか、とか、色々なことを考えて僕は疲れてしまったのかな。どちらにしても、この人が良い人であるわけはないというのに。
「凛人」
透さんの手が頬に触れる。透さんの真剣な瞳が動揺し揺れる僕の目を射抜くように見る。逸らせない、…振り解けない。
「…離してっ」
「相変わらず強情だなお前は。だが、お前は俺のことをちゃんと好きになってきているみたいだな」
……!……な……なんだって…そんな馬鹿な…。
「そんな冗談やめて」
すると、ふっと口端をあげて笑う男の手に僕はするりとそのまま頬から首に向かって下ろし撫でられる。
「安心したよ凛人…お前の好意なんて俺には向いてないと思ってたからな」
「っ…」
「嬉しいよ、可愛い可愛い俺の凛人」
男が口角を上げ悪い顔で笑った。
ーー……っ!
僕は体を触る男の手を掴み、男の手にそのまま歯を立てて噛みついた。
「っ」
透さんが一瞬顔を歪めて僕から手を引っ込めた。手を抑え、少し驚いた顔で僕を見下ろし眉間に深くシワを寄せる透さん。
「…ほう。」
透さんの僕が噛んだ箇所の手の甲からは僅かに血が滲み出ていた。
「可愛いことするじゃないか。」
「…」
「まだ俺に落ちてるわけじゃなさそうだな。ふん、お前をまだここに隔離しておく方が良さそうだな」
…!な、何でそうなるのさ…!
「話が違う!」
「凛人、俺はお前に昨日ああ言ったが、お前に完全な自由を与えるわけじゃないぞ」
「…っ」
「また俺から逃げたり裏切るようなことをすることがあったら、そのとき俺はお前を許さないからな」
ビク…
「少し出てくる。じっとここで待ってろよ」
透さんに唇にキスをされる。
動けない。避けられなかった。
この人から発される体が凍りつくような圧倒的なオーラに、恐怖に飲み込まれて。ピクリとすら。
「行ってくる」
パタン、と部屋の扉を閉めて透さんが去っていった。僕はさっきあの人のことを呼び止めようとした自分にショックを受け顔を片手で覆った。
…弱ってたから、そうだ弱ってたから。別にあの人を求めてたわけじゃない、誰でもよかったんだ、傍にいてくれる人は。…そうなんだ、そうに決まっている。
僕の中であの人の存在が日々大きくなっていっている。僕にとって切り離せない、そんな人へと……
嫌だ…!
あの人の手を取りたいと思う自分がいるのも確かだ。でも、きっとその先に待ち受けているものは……
「……っ」
僕はその後長い悪夢にうなされた。
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