アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
55.終わりと始まり
-
それから気づけば、世の中はいつの間にか年の終わりを迎えようとしているようだった。
ようだった、というのはテレビをつけていたらそういった感じの番組の放送をしていたのでそこで知ったのだ。
年が明けるのか。夜、僕はリビングのソファに膝を抱えて丸く座りながら視線を下に落とす。すると、リビングのドアがガチャ、と開く音がすると共に濡れた頭をわしゃわしゃとタオルで拭きながら透さんがやってきた。
「寒い。風邪引いたかもなぁ」
自分の体を触りながらぶるりと震わせる透さんを見て、僕はえ?と口を開く。
「ちゃんと湯船に浸かっ」
「誰かさんが一緒に入ってくれないから身も心も冷えきった」
キッチンで何やらがさがさと音を立てながら、そう透さんが言った。そーいうことかよ。
「…そんなの当たり前でしょっ、2人でなんて絶対入りたくないっ」
僕は少々赤くなる顔をつんと明後日の方向に逸らしながら言う。
「もう何度もおまえの裸なんて見てんのに何を恥ずかしがってんだか。お前ってよく分かんねぇよな」
「…!」
……もうほんとこの人嫌いっっ!!
「ほら」
その声に振り向くと、透さんが湯気の立つミルクティーの入ったマグカップを僕に差し出してくれていた。
「あり、がとう…」
受け取ると、透さんがソファに座る僕の隣に腰を下ろした。ず、とコーヒーを飲む透さんをちらりと見る。
「ねえ、今日って年末みたいだね」
「うん?ああ、みたいだな」
「みたいだなって…年の終わりとか始まりとか、そんなに気にしない人?」
尋ねると、うーんと透さんがテレビ画面に視線を映しながら言う。
「まあそうかもな。」
「ふーん」
「別に何が変わるってわけでもないし、ただ来年になるってくらいの認識でしかない」
そう言って透さんがふとちら、と僕の方を見た。……な、なんだよ?
「でも、今年の年末はいつもと違うな。」
「え?」
僕を見て笑いかける表情をする透さんに僕はドキリとする。
「俺は元々クリスマスとか年末年始とか、そういう日に特別な思いもなかったし何かをしようとも思わなかった。」
「…そうなんだ」
「ああ。何が楽しいのか俺にはさっぱり分からなかったからな。小さいイベントのような日に、世間は浮かれてアホみたいにお祭りの如く騒ぐけど」
でも、透さんが言った。
「お前といるようになってから、そういう日がどういう日なのか、最近ようやくわかった気がする。」
「?なんで分かるようになったの?」
きょとんと首をかしげながら尋ねると、透さんが僕を見て少し不機嫌な顔をした。
「話の感じで分かるだろ。お前が好きだからだよ」
ドキっ
な、なっ……。突然変なこと言ってくんなっ!!!涼しい顔して!
「そ、そういうこと平気な顔してすぐ言ってこないでください、…ビックリする」
心臓をバクバクとさせながら僕は赤い顔で眉を寄せながらずず…とミルクティーを口にする。
「なんだよ、今までだって何度も言ってただろ」
「…あなたには恥ずかしいとかいう気持ちは無いんですか」
つーか、もしかして言い慣れてるから、とかか…?この人見た目だけはそこらの俳優・モデル並に秀でてるもんな、見た目だけ、は。
透さんはソファの上に両手を左右に置き広げながらんーと唸った。
「ない。」
……うわ、少しくらいはあるけど、とか言うのかと思ったら、言い切ったよこの人…。うわぁ…。僕は引き気味に口元を引きつらせる。
「どうやったらあなたみたいな性格の人間になるのか…」
あ、全然嫌味言うつもりじゃなかったけどすごく失礼な言い方になっちゃったや。…怒るかな?
ちら、と横の透さんの顔を伺うと、なんだ?という顔で見返された。
「俺は色んなものが欠如してるのかもしれない」
「……え?」
ふと、コーヒーを目の前にある机の上に置き、目を伏せて話す透さんに僕は惹き付けられるように、視線を向ける。
「お前にはまだ、話せないこともある。」
「…」
話せない、こと…。
僕は透さんの真剣な、何かを考えるような顔をした横顔を見て、少し迷いながら口を開く。
「…別にいいよ。」
透さんの置いたマグカップの横に空になったマグカップを僕は置いて、膝を抱えて座った。
「だって僕、あなたのこと最初から、何も知らない。」
…どこで働いてるのかも、この人がこれまでどんな人だったかも、なんで僕をこんなにこの人が愛してくるのかも、分からないことだらけなんだ。
「…俺は立花 透。歳は今年28。ここから車で少し走ったとこにある会社で働いてる。」
「え…?」
突然話し出す透さんに僕は目を大きくする。
「俺のところは家がでかくて、その会社も立花グループっていうもののひとつで、俺はそこで働いてる奴らの上に立って指揮をとってる」
指揮…?指揮って…、てことはやっぱりこの人、……しゃ、社長…っってこと!!?
「何で距離ちょっと空けてくんだよ」
「…え、いや、だって」
定職にも就いてない僕が隣にいていいものかと体が勝手に反応して…避けた。
「そんなに驚くことじゃない。俺が選ばれたとかじゃなくて、俺が立花家の人間だったから、…ただそれだけだ。それ以外に意味なんて無い」
「…?」
あれ…透さんどうしたんだろ…?何だか今、さっきまでずっと比較的穏やかな空気だったのに、一瞬だけこの人の纏う雰囲気がピリッとぴりついたような。
「?なんだよ」
「あっ、べ、別にっ」
ふい、と顔を背ける透さんに僕はしばらく黙ってもう一度透さんに向かって話しかけた。
「色々…まだ気になることはたくさんあるんだけどその」
「…なんだよ」
「えっ」
「気になることなら話す。何が知りたいんだ」
えっと…色々あるけど、そうだな…中でも厳選して聞くとしたらまずは…
「え、えっとっっ、な、何でそんなに口悪くていっつも怖いのかなぁ〜なんて」
すると、じっと透さんに凄んだ顔で睨まれた。…なっ、なんだよっ!!!話すって言ったのはそっちだろっっ!!僕は逃げ腰になりながら心の中でそう喚く。
「知るか、他の質問にしろ」
「っっ」
嘘つき…!気になることなら話すって言ったくせに!何なんだよっ!
「じ、じゃあっ、…何で僕のことを愛してる、とか、好き…とか言うの?」
「は…」
僕は顔を少し透さんから逸らしながら膝を両手で抱えて言う。
「あなたみたいな人が…僕を好きになる理由が分からないよ。一体いつからそんなこと思うようになったの?きっかけはいつ?」
顔を上げ、横にいる透さんをじっと見つめ真剣な顔をして尋ねると透さんが瞳を動かした。
「きっかけは…」
「…」
透さんは言った。
「そんなこといつか覚えてない。」
……って、…いや覚えとけよっ!!!
「ああ、やっぱりこの話もだめだ。次いけ次」
「…っっ」
あんたさっきから何も答えられてないじゃんかよ…っ!
「もういいよっ、これ以上聞いたって教えてくれなさそうだし」
ぷいっと唇を尖らしてそっぽを向くと、透さんの手に無理やり顎を掴まれた。
「な、何するんだよっ!」
「怒んなよ、凛人。そのうち話すから」
そのうちって、…いつだよ。そんな真面目な顔つきで見られたって。
「…あなたの言うことなんて信じられないよ」
硬く口を閉じる僕の唇に透さんの唇が触れた。
若干頬を染めて顔を上げると、透さんが僕を見つめていた。
「お前が俺を俺と同じように愛していると分かったときに、全て話すよ。」
「なっ…」
そんな日は来ない、すかさずそう言おうとした僕の口を透さんの口が再び覆った。テレビから、カウントダウンの声が聞こえる。
『……3、2、1、…あけましておめでとうございまーす!!!』
僕の年始は、この人とのキスからどうやら始まったらしい。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
56 / 178