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57.花の香り
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「歳はいくつ?」
「に、22です」
「週3勤務で夕方5時まで勤務希望か…ふむ、考えておくよ」
喫茶店を出て、僕はふぅと軽く息を吐いた。
正月の明けた平日の午前、僕は透さんに前日に唐突に持つように、と渡されたスマホをポケットから出して画面を見た。
あれ?透さんからLIN〇が来てる。
「えっと…あまり長時間外でうろうろしないように、遠くまでは行かないように」
って、僕は小学生かって。
確かに僕は方向音痴なとこが少しあるから道に迷った場合ちょっとヤバいけど、でも皆の味方、スマホがあるから平気さ!
でも、結局これって透さんが契約してわざわざ買ってくれたってわけだよね。スマホ代だけでも払わなきゃ…。それでなくても家賃も食費も光熱費も、何もかも僕はあの人に頼りきっている。バイト代全額あの家に振り込むくらい、頑張らないと。貯金もちょっとしたいけど…。
とにかく、頑張らなきゃ…っ!!
面接を受けた喫茶店から出てまだしばらくきょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた僕は、ふと植物のいい匂いがどこからか香ってくるのがわかり、足を止めた。
…あ、花屋だ。
僕は色とりどりの綺麗な花が置いてある店に目を移し、足を立ち寄らせた。こんなところに花屋なんてあったのか。基本的にいつもあの家にいたから、僕はこの辺りに何があるのかも今日初めて知るものが多いのかもしれない。
「こんにちは」
ピンク色の花の花びらを手で触っていると、ふと店にいたエプロンを着た優しげな雰囲気の男の人ににっこりと微笑まれ、声をかけられた。…うわ、なんか花屋さんって感じの人!
「その花気に入りました?」
ドキっ
「あっ…えっと、見てただけですっ!」
綺麗だし可愛いし、ここは1本くらい買いたいとこだけど…何せ僕はお金が無い。透さんに無理矢理持たされているお金が財布の中に少しあるけど、それを使うのは気が引ける。
立ち寄ったくせに320円も払えない自分が申し訳ない…と思いながら顔をしょぼんと俯かせていると、ちょっとまってて、と不意に花屋の男の人が言って店の奥に入っていった。……え?
しばらくすると、顔に笑みを浮かべながらさっきの男の人が来て、はい、と言って僕に数本で束ねた花をくれた。
「えっ?こ、これ、僕お金…」
「あはは、違う違う。お金はいらないよ。」
え…。
花束を手に目を丸くする僕を見て、にこ、と優しく目の前に立つ男の人が微笑む。
「プレゼント」
「…えっっ」
「君って大学生?ここら辺の子なの?」
顎に手で触れ少々首を傾げながら男の人が僕を見て言った。
「あっはいっ、でも大学生じゃなくて…社会人ですけど、一応」
「一応?」
う…っ。
「実は僕、大学中退してて、その後仕事就いてたんですけど辞めちゃって…」
ぎゅっと花を握りながら僕は話す。
「ふーん、じゃあ今はお仕事探し中?」
「!そうです、まさに今その最中で」
すると、エプロンをした穏やかな雰囲気の男の人がじゃあ、と言って僕を見て言った。
「うちで働くのはどう?」
「……えっ」
まさか誘われるとは思っていなかった僕は目をぱちぱちとさせて驚く。
「うち、結構時給はいい方だよ。俺はここの店長してて、他にバイトの子が入れ替わりで数人いるけど、どうかな」
…働かないか?と言われて断る奴がどこにいるのか…これは絶好のチャンスだ!
「あっでも僕、夕方の5時までには上がりたいと思ってて…」
「5時?いいよ。朝は早くても大丈夫?」
「は、はい!」
「じゃあ明日来れるなら履歴書持ってきてくれる?その時に詳しいこと話そうか。その時に連絡交換もしよう。」
にこ、と再び微笑む男の人に僕ははいっと返事をする。
「ああ、先に名前だけ聞いておこうか。」
「はい。月草 凛人です、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
「つきぐさ、りんと君だね、よろしくね。俺は烏堂(うどう)すぐる。また明日ね」
ひらひらと微笑みながら手を振ってくる烏堂さんに僕は頭を下げながら胸を弾ませ家まで帰った。
やった…!もう仕事先が決まった!バイトだけど、でも嬉しい!
「ただいまー」
「透さん僕働くとこ決まったよ」
夜、帰ってきた透さんに僕は報告する。
「もう?早くないか?面接は」
「今日喫茶店の面接受けたけど、その後花屋さんに寄ってね、うちはどうかって誘われたんだ」
「は?何だって?誘われただ?」
「うん。僕実は昔花屋で働いてたことあるんだ、だからそこにしようかなって思ってる」
目をキラキラとさせて食卓の席に着く透さんに話しかける僕。透さんはネクタイを緩めて、あまり良くない顔をして何か考えるような仕草をしている。
「そこの花は?」
透さんがふとテーブルの上に置いてある花瓶に差された花を見て言った。
「ああ、これ?店長さんがくれた」
「その店長は男か?女か?」
「…え?…男の人、だけど」
すると、透さんが突然立ち上がって花瓶に差された花を手に取ってゴミ箱に捨てた。
「…ああ!!」
なんてことするんだ……!!
「…どうしてこんなことするのっ!?」
「他の男から貰ったものを平気で家に持ち込むな!俺をおちょくってんのか!」
ビク
…何でそんなに怒るの、変な意味なんてあるわけないじゃん、その花に…。
「でも僕、もう決めたよ。そこで働くって」
「ダメだ。お前に花を渡すような男だ、お前の見た目に惚れたに決まってる」
「…っ、そんなの偏見過ぎるよっ、そんな人じゃないっ」
「お前にその男の何が分かるんだ。上っ面の顔に良いように騙されてんだろお前のことだから」
「…!!」
不機嫌げにはあ、と息を吐く透さんに僕は両手をぎゅっと握って唇を噛んだ。
「…僕もう決めたんだ!あなたに働くところまで指図される筋合いないよっ!!」
バタバタと僕はエプロンをつけたまま階段を駆け上がっていった。後ろから凛人!と透さんの僕を呼ぶ声が聞こえたが無視した。僕はベッドに寝転がり布団にくるまってぐすぐすと泣いた。
つい最近もこんなことがあったな…。どうしてあの人は、いつもああなんだろ。どうして僕のこと、信用してくれないんだろ…。
僕はひくっひくっと嗚咽を出しながら泣いた。
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