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60.嘘、動揺
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「おかえりなさい」
夜の6時ごろ、帰ってきた透さんに僕は笑いかける。
「最近もまだまだ寒いよね。カレー作ったよ。透さん辛口好きだよね、僕辛いの苦手だから迷って、中辛にしたんだ」
「凛人」
「ほら座って。お腹空いたでしょ?よそってあげるよ、僕もすごくお腹すいてるんだ。ちょうど温めたところだから、一緒に食べれるね」
「おい凛人」
おたまでカレーの入った鍋をかき混ぜていると、ぐいっとその手を掴まれた。
振り向くと、すぐ後ろで透さんが僕を見ていた。
「……な、なに?」
僕は手を僅かに震わせた。
「いや……何でそんな早口にべらべら話してくる?」
「は、早口だった?気のせいだよ」
僕は食卓の席に透さんを座らせ、ご飯をついで、カレーをよそった。
「はいどうぞ、きっと美味しいよ」
「凛人」
「あっお茶がまだだったね、今お湯を沸かして」
「凛人!」
ポットに水を入れようとして、僕は動きを止める。
「……一体どうしたんだよ」
「…」
「お前、明らかにいつもと様子がおかしい。何かあったのか?」
ドクン
僕はポットを掴む手を震わせた。後に、僕はゆっくりと透さんの方に振り返った。
「……え?なにが?」
「…は…?」
「何も無いよ、今日は良いことがあって元気なだけっ」
眉を寄せる透さんに向かって、僕は口元に笑みを浮かべる。
「いいことって何だよ?」
「えっと…僕が選んだ花をお客さんが買ってくれ…」
ハッ……
まずい、この話はしてはいけない。
「……何だって?」
ビク
シンクを背に立つ僕を、食卓の席に着く透さんが凄んだ表情で見つめる。……ま、まて、落ち着け僕、何も正直に全部話す必要は無い。少し話を変えればいいだけ…落ち着け、落ち着け…。
「お、女の人が、僕に花を選んで欲しいって」
「…女?」
「そ、そう。花屋さんってやっぱり女性のお客さん多いよね〜」
あははと愛想笑いをしながら透さんを見る。
透さんは僕を見て、まだ何かを疑ったような目をしている。
「まさか、本当は男なんじゃないだろうな」
ビク!
…な、なんて鋭い男…。僕は顔を青くしながらぶんぶんと首を横に振る。
「ち、ちが」
「…まさかな。俺に嘘をつくなんてお前はそんな最低なことはしない。そうだろう凛人」
「……」
透さんの瞳に、僕は足元を震わせる。
「もし嘘なんてついてたら、……どうなるか分かってるよな。」
「…っっ」
透さんの目を見ているだけで、…殺されてしまいそう。でも、だってどうすればいい?ここで男だとバレたら、僕は恐らく、あそこを辞めなければならなくなるだろう。…駄目、せめて1ヶ月、2ヶ月、まだ一日目なのにこんなことで辞めるわけには…いかないよ。ごめん、透さん。
「……ほんとう、だよ?」
僕はエプロンをぎゅっと握りながら言った。
透さんがじっと瞳を泳がす僕を見つめる。するとしばらくして、
「……………そうか。お前を信じるよ」
「…!」
透さんの言葉に僕はほっと胸を撫で下ろす。
よかった、何とかごまかせた。しかし、
「次のバイトは明後日だったな。無理しないようにしろよ。お前はまだ体が弱ってるんだから」
「…う、うんっ」
僕、もうこれ以上この人に嘘をつきたくない…。
なんでこんなこと思うのかな。分からない…でも、多分、この人が僕のことを信用してくれているからだ。
ー
「おはよう、ございます」
すぐにまたバイトの日が来て、僕は既に開いている花屋に入って、店の奥にいる店長に声をかける。
「おはよう凛人君、さっき結構お客さん来てたんだ。」
「そ、そうなんですか」
「うん。凛人君、こっちにおいで」
僕は烏堂さんに手招きをされ、肩に斜めにかけたカバンの紐をぎゅっと握りながら、足を前に出していく。
「ああ、やっぱり」
「!」
僕の頭に触れながら烏堂さんが言う。
「糸くずついてたよ。ほら」
僕に見せるように手のひらを差し出してくる烏堂さんに、僕はありがとうございます、と言いながら愛想笑いをする。なんだか僕、…この人に酷く緊張している。…何故なんだろう。気が休めない。仕事だし、この人は店長だし、だからそれは当たり前のことなんだろうか。
「凛人君」
ビク
「お花の水変えてくれる?」
「…はい!」
にこ、と微笑みながら話しかけてくる烏堂さんに僕は張り詰めていた気持ちを徐々に落ち着かせていく。
…大丈夫、考えすぎだ。それに今は仕事中なんだ、余計なこと考えてないで仕事に集中…そうさ、僕に余計なことを考えている暇なんて…
「凛人君」
「…!!」
レジの隅の水道の蛇口を捻って、水を出す僕のすぐ背後で烏堂さんが囁くように言った。僕は振り返ろうとして、する、と腰に回される烏堂さんの右手に体を硬直させる。
「エプロンの紐、解けかかってるよ」
そう言って烏堂さんの手が前掛けエプロンの紐を掴み、結び直そうと後ろから左手も前に回されて、今お客さんが来たら、完全に誤解されるような後ろ姿を僕たちはしている。
…まるで後ろから抱き締められているようだ。烏堂さんの息が耳にかかり、烏堂さんの胸板が背中に当たる。……なに…これ……。
「…あ…あの、う、烏堂さん…っっ…僕、じ…自分でやりま」
「いいからじっとしてて」
ビク
…何…?…今の…。
いつもの烏堂さんの優しい声じゃなかった。逆らうな、そんなような声に僕には聞こえた。僕は身動き出来ずに、不安で心臓をバクバクさせながら、瞳を泳がした。
いやだ、怖い……、僕…この人が怖い……。
「終わったよ」
エプロンの紐を結び直すと、スっと烏堂さんが僕から離れた。
「凛人君、後で話があるんだ。君の休憩時間になったら、後で来るバイトの子に店番してもらって少しだけ出ようか。」
僕はこちらを向いてにこ、と笑む烏堂さんを警戒しながら見つめた。
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