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67.不安
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「ありがとうございました〜っ」
花屋で働きだして、数週間が経っていた。
「月草さん、外今日雨すごいから帰り歩きは辛いんじゃない?」
その時、壁に掛けられた時計の針は夕方の4時頃を差していた。僕は花屋の中にある花に水をやりながら、那月君の言葉に目線を外に移す。
確かに、ものすごい湿気と雨量だ。
「ううん、平気。折りたたみ傘あるし」
「でも、俺車で来てるし送るよ?」
「いいよ。それに今那月君が店あけたら、お店に誰もいなくなっちゃうでしょ。」
苦笑しながら僕が言うと、ああ〜そうだった…と那月君が頭を抑えながら言う。
「気にしないで、家近いし」
僕は帰りの時刻になると、エプロンを外して鞄の中から折りたたみ傘を取り出して持つ。ちら、と見た外はさっきよりも雨風の威力を増して、大荒れの様子だ。
台風でも来てるのかな、ニュース見てなかったや…。
「ほんとに大丈夫?」
心配そうに僕を見てくる那月君。僕は彼にうん、と笑って頷く。
「心配だよ。月草さんって小柄だから、吹き飛ばされちゃいそうで…」
至って真剣な顔でそう言ってくる那月君に僕はあはは、と愛想笑いを浮かべながら笑う。…悪い意味で言ってるわけじゃないのか。遠回しにチビだから、と思わず言われているような気になる僕の心が歪んでいるのか、それとも彼の言い方が悪いのか…。まあ…いいか。
「ほんとに平気だよ。心配してくれてありがとう那月君」
僕はそう笑って言って那月君に軽く頭を下げ、傘を手に花屋を出ようとする。
その時、
「あっ、店長!」
ビク
後ろから聞こえた那月君の声に僕はゆっくりと顔を上げる。目の前に立っていたのは、こちらを見て微笑む烏堂さんの姿だった。
「…ど…どうしてあなたがここに…」
僕は傘をぎゅっと強く握りながら無意識に足を後ろに下げ烏堂さんとの距離をとる。
「店長!ちょうどよかった、月草さん今ちょうど帰るところなんだ、送ってあげてよ」
…!!
「ぼっ、僕いいっ!」
ぶんぶんと首を横に振って僕はそれに強く拒否をする。
「え?なんで?月草さんってほんと謙虚だよね」
…違うっ…、…そんなんじゃない…っっ!
那月君を見てそう心の中で声を上げるが、那月君は不思議そうな顔をして僕を見てくるだけだった。…当然だ、那月君に店長とのことなんて話していないから。
「そう?なら行こう。凛人君」
「…っ!」
僕はその声を聞いて、恐る恐る傍に立つ烏堂さんを見上げた。
まさかこれを狙って来たとかじゃないよね……。そう思い不安になりながら見上げた先の烏堂さんの表情は、先ほどと変わらない真意の読めない笑顔のままだった。
「ほら、行くよ」
「…っ…」
烏堂さんが花屋の外に向かって歩きだし、僕はしばしその場に固く留めていた足を、ゆっくりと踏み出した。
「今日は雨で余計冷えるね」
車の助手席に座ると、コートを羽織った烏堂さんが隣の運転席に座り、ルームミラーを手で軽く調整しながら言った。
…烏堂さんと…2人きり……。
僕は不安でドクドクと鳴る胸を落ち着かせながら、静かな車内で強ばった顔で横に振り向き、隣に座る烏堂さんを見る。
「……よろしく、お願いします…。」
緊張で少し汗ばむ手で僕はシートベルトを握る。
大雨で荒れている外の薄暗い灰色の景色をバックに、烏堂さんはニコ、とやはり感情の読めない笑顔を浮かばせ僕を見て言った。
「いいえ」
暖房をつけない車内はとても寒かった。
僕は走り出す車の中で瞳を閉じて願った。
……どうか、……何事もなく無事に家に帰れますように…。
雨はしばらく、止みそうにない。
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