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91.僕の仕事
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僕たちはその後、近くの喫茶店に寄っていた。
僕は、目の前に座って、不機嫌そうに眉を寄せ足を組み、コーヒーを口にする男を見て、どきどきと不安で胸を鳴らしながら思い切って笑って話しかける。
「び、びっくりしたよね、今の、…はは」
「…はあ?」
びく
案の定男の怒りの矛先は僕に向けられた。…知ってた、全部知ってたよもう。
「ほんとにお前は人の目を一々惹き付ける奴だな、すぐ別の知らない男に話しかけられやがってよ」
透さんは眉をさらに深く寄せながらイライラとした様子を見せた。
「…そんなこと言われたって、僕知らないよ」
「あーあ〜ったくせっかくの休日が台無しだぜ」
は、と吐き捨てるように言いながら瞳を伏せまだ怒った様子でコーヒーを飲む透さんを見て、僕はム、と唇を尖らせる。
「透さんだって、さっき女の子と話してたじゃん」
「は?」
「僕にどうのこうのって言うけど…、どっちかって言うといつも見た目で目立ってるのは透さんの方だよ、どこ行ってもちらちら見られて、あれ僕いつも我慢してるんだよ」
テーブルの上に置いた震える手を握りながら僕は言う。
「知るかよ。お前が我慢してようがしてなかろうが、俺の知ったことか」
「…!」
「仕方ないだろ、俺は昔から顔は良いんだよ。自覚くらいしてるさ」
そう涼しい顔をしてズ、とコーヒーを口にする男に僕はムカッとくる。そうみたいだね、顔だけは良いことを自覚してるみたいだね、その言い方だと、自分でも中身が最悪なことは分かってるわけだ。へーえ、ふーん。
「俺は別にいいんだよ。だがお前の場合は自覚してないだろう」
「?何が」
「自分が周りにどう見られてるかについて」
「…、……し、してるし」
「してないだろ」
強めの透さんの口調に食い気味に言われ、僕はう…っと気まずげに口を閉じる。
「大体、さっきの男はお前に一体何の用件だったんだ」
「え?」
こちらをじっと見て僕の返事を待つ透さんに僕は視線を逸らしながらボソリと呟いて答える。
「…も、…モデルの仕事しないかって言われて」
「は。モデルだ?」
ビク
すると、コーヒーを手にしようと動いていた透さんの手が一瞬ピタリと止まり、眉を吊り上げた怖い顔をした透さんが僕を見てきた。
そ、そんな怖い顔しなくたっていいじゃん…っ!!
「僕だってやっぱり働かないとって気持ちくらいあるんだよ…っ」
確かにモデルなんて僕向きじゃないし絶対不釣り合いだしおかしいなって思うけど…。
「お前、まさかそんな仕事一瞬でもしようと思ったのか?」
「…だ、…だって、…時給もすごく良いみたいだったし…」
すると、顔を俯かせる僕の顎をグイッと透さんに上に無理やり持ち上げられた。
「…!な、何すんのさっ!」
「まだどうゆう意味の仕事か分かってないのか、お前は。この馬鹿が」
ゾクリとするような透さんの顔に見つめられて、僕は顔を青ざめさせた。……え…どうゆう意味って、何が…?
「だ、だから、モデルでしょ…?」
雑誌とかに載ってる…。
「お前の想像してるようなただ服着て格好つけて映るような良い方のモデルの意味じゃないさ。」
え……
「本当にお前は何も知らないんだな。俺がいなかったら今頃お前はあの男に“そうゆう”部屋に連れ込まれて、ヤラシイ顔した男に服剥かれて裸の写真を撮られてたんだぞ」
…!…そ、…そんな、まさか…。
僕は透さんの話を聞いて体を震わせる。
「そっちのモデルの方の意味ならお前を誘う理由も俺にも分かる」
「…!そんな…」
「お前は性別云々関係なく人を魅了させるからな。今だって見てみろ、向こう側に座ってるあの男、お前のことを見てるぜ」
耳元で囁くように透さんに言われ、僕はびくっと体を反応させる。
ちら、と見てみると確かに男の人が僕のことを見ていた。
そっと体を震わせ顔を俯かせる僕に、透さんが笑って話してくる。
「今初めて知ったような顔だな、凛人。今だけじゃない、お前は外にいるときいつも周りの目を無意識に惹き付けてる。傍にいる俺が1番よく知っている」
「…」
「お前が無防備になる時を、今か今かと目を見張っているのさ。お前は疎いからそうゆうことに全く気づけないんだ。傍に俺がいることに、感謝するんだな」
席を立ち上がる男の元について歩き、会計を済ませた男に僕はその後手を握られる。
「…な、何するの、離してっ」
「こうしとかないとまた変な男に付け狙われるぜ」
戸惑う顔をして透さんを見上げる僕の腰を、ニヤついた表情をした透さんの手がぐっと自分の方へ引き寄せてくる。
「や…」
「凛人」
すかさず胸を押し返す僕の顔を、じっと透さんが見てくる。
「お前は俺の嫁になるんだからな。お前の仕事は俺の傍で俺の為に尽くすことだ。だから無駄に外で仕事しようとなんて考えるなよ」
…!僕の仕事は、この人に尽くすこと…?
「だから、何か欲しいものがあるなら買ってやるぞ。遠慮せずに言え」
「そ、そんなの無いよ。…別に」
「なら何でそうも1人で外で働こうとする」
僕は透さんの話に顔を下に向ける。
……分からない。分からないけど、でも、そうでないとだめになる気がして…。僕自身のことじゃない。
「凛人、雨が降りそうだぜ。早く帰ろう」
「う、うん」
この人との関係が、…よりダメなものになってしまう気がして。
なぜ、こんなことを思うんだろう。
「ついでにお前の好きなケーキでも買って帰るか」
口端を上げ笑う男の僕の肩に置かれるこの人の手は、今はとても優しい。
…ああ、そうかな、僕このままでもいいのかな。僕がこのまま大人しくしていれば透さんは怒ることはないだろうし、前みたいに誰かが僕たちのせいで深手を負わないで済む。
…このまま、この人の言うとおりこの人に全て何もかも委ねてしまえばいいのかな。そっちの方が、何もかも上手くいくのかな…。そうとも思う。
けれど、僕の中でもう1人の僕が、この手を取ってはだめだと言う。
分からない…なら一体、どうすればいいのか。
でも今は、今だけは、この人の手に素直に抱かれていたい。…今だけは、この人と普通に笑って話していたい。
僕は、この人のことを一体、…どうしたいんだろう。この人と一体、どうなりたいんだろう。
僕はこの人のことを、一体、…どう思っているんだろう…。
僕たちは、言葉を交わしながら並んで歩き、まるで自然な恋人同士のように街を歩く人たちの中に溶け込むように紛れ、姿を消していった。
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